長年首都圏で活動してきた現代津軽こぎん刺し作家で、日展会友、現代工芸美術家協会本会員の貴田洋子さん(71)=青森県大鰐町出身=がこのほど、埼玉県所沢市から弘前市に制作拠点を移した。毎日岩木山に向き合いながら一針一針刺していると「明治時代の津軽の女たちと一緒にいるような感覚になる」という。ふるさと津軽に根を下ろし「徹底して岩木山を題材にした作品に挑戦していきたい」と意気込んでいる。

 中学生の時にこぎんと出合い、独学で学んだ貴田さん。1985年に夫の転勤に伴い上京した後、洋画家の下で本格的に美術を学び、こぎん刺しによる絵画的表現を追究してきた。2007年から日本現代工芸美術展、09年からは日展にも出品し続けている。

 導きの神である「八咫烏(やたがらす)」を配し、津軽の心象風景を表現してきた貴田さんが、近年力を入れているのが岩木山のシリーズ。14年春「こぎんフェス」のために弘前市を訪れ、美しい岩木山を見て「こぎんで刺してみたい」と決意。同時に「そろそろ(故郷に)戻る時期かな」と思うようになったという。

 弘前市に帰郷したのは昨年12月。岩木山百沢スキー場から間近に山を眺めると「イメージがまったく違った。こんなにでこぼこして、荒々しい山だったんだとショックを受けた」。1月から取り掛かった新作は、これまで直線的だった山の輪郭を曲線に変えてでこぼこ感を出し、濃紺の布に白い糸だけで雪景色を表現。わずか2カ月あまりで縦160センチ、横135センチの大作を完成させた。

 「夜中まで刺して、朝4時や5時に起きてまた刺す。冬の寒い中無心に刺していると、こぎんを作り出した明治の女たちと一緒に刺したいという思いが強くなった。津軽の女の『じょっぱり』と『えふりこき』の精神があったから、こぎんは生まれたんだとつくづく感じる」と話す。

 作品は4月の日本現代工芸美術展に出品予定だったが、新型コロナウイルスの影響で中止になった。それでも「ゆっくりと静かに津軽の雰囲気を味わえる。最高の時間を与えてもらったんだと思う」と前を向く。

 取材時に取り組んでいたのは、春の岩木山をテーマにした縦80センチ、横90センチの作品。鮮やかなピンク色で桜を表現した。これから1年かけて、春夏秋冬の岩木山を完成させたいという。「岩木山への思いはどんどん強くなる。早く刺さないと、季節が行ってしまいますね」と充実した笑顔で語った。