新型コロナウイルスの問題をはじめ、変化の全く読めない時代を私たちは生きています。このような有事にこそ、社会を生き抜く力を子どもたちに与える必要があり、それが教育の目的の一つでもあります。

『「教える」ということ』の著者で立命館アジア太平洋大学(APU)学長・出口治明氏が「子どもに与えるべき力」について解説します。

僕は立命館アジア太平洋大学(APU)の学長に就任した当初から、わが国の教育の根幹となる教育基本法や学校教育法、学校教育法施行令などの法令を読み込み、

「なぜ、日本の教育システムはこのような形になったのか」

「何を目指して教育を行い、どんな人間を育てることを教育の根本的な目的としているのか」

などについて考えてきました。わが国の教育は、教育基本法を礎として進められていますが、教育基本法第1条では、教育の目的を次のように規定しています。

「教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない」(2006年12月、戦後59年ぶりに改正)

すなわち、「一人ひとりの人格の完成」「国家・社会の形成者として必要な資質を備えた市民の育成」を行うことが教育の根幹です。

僕は、教育基本法が定める目的を次のように解釈しています。

【教育の2つの目的】

①自分の頭で考える力を養う

 ……自分が感じたことや自分の意見を、自分の言葉で、はっきりと表現できる力を育てること(人格の完成)

②社会の中で生きていくための最低限の知識(武器)を与える

……お金、社会保障、選挙など、社会人になるとすぐにでも直面する世の中の仕組みを教えること(社会の形成者として必要な資質を備えること)

自分の頭で考え、自分の言葉で表現できる人間になる

僕の解釈する教育の目的である、「①自分の頭で考える力を養う」について考えてみましょう。

17世紀の哲学者、パスカルが、著書『パンセ』の中で、

「人間はひとくきの葦にすぎない。自然のなかで最も弱いものにすぎない。だが、それは考える葦である」(参照:『世界の名著 第24パスカル』前田陽一 由木康・訳、中央公論社)

と述べているように、人間は思考を行うからこそ偉大であり、人間の尊厳のすべては、考えることの中にあるといえます。