僕は偏差値が低いとき、こういうことをまったく考えていませんでした。勉強は机の上でやるものだと決めつけて、勉強と日常を結びつけるとか、普段から考えるとか、そういうことはまったくしておらず、成績が伸び悩んでいました。

そういう人間ではなく、「普段から考えている人」をこそ、東大推薦では求めているのです。

頭の良い人は「何を、どのように」考えているのか?

でも、「普段から考える」というのは、どうすればできるようになるのでしょうか? これについて推薦合格した人たちに取材したところ、こんな答えが返ってきました。

「マクロとミクロ、両面から考えることが大切」

どういうことか、先ほどのチケット転売の問題を例にご説明します。

いきなり「国としては」「法学的には」と考え始めるのは難しいですよね。だからまずは「自分の立場だったらどうだろう?」と、自分1人の目線(=ミクロ)から考えをスタートしてみます。「行きたかったコンサートに行けなくなると嫌だよな」「転売はずるい、って考えてしまうよな」と個人の感情を考えてみるのです。

そういう個人の感想を考えたうえで、今度は広い視野(=マクロ)で考えてみます。たとえば「でもだからって、『安く仕入れて高く売る』のは商売の基本だよなぁ」「それを規制してしまったら、国民が自由な経済活動をする権利を、国が侵害してしまうことになるかも」と、ミクロな立場で考えたことと、あえて逆の立場・逆の意見を考えてみるのです。

ここで大切なのは、偏った意見にとらわれないように注意することです。「転売ずるい!」という個人の意見だけではあまりに幼稚ですし、「国に国民の経済活動を侵害する権利はない!」という大枠の意見だけでは現実離れした空論になってしまいます。

両方の立場、対立する2つの考えに目配せした上で、「じゃあどうすればいいだろう?」と考えていくのです。

「誰にとって、どのような意味をもつのか、また、それにはどのような限界や問題点があるかについて、議論してください」

これが問題文だったわけですが、「誰にとって」というのはまさに「ミクロな立場とマクロな立場、両方で考えて」ということです。この2つの視点から始めて、「限界や問題点」を考えていく必要があるのです。

「マクロとミクロを行ったり来たりする」こと。これは、何かを考える時に非常に大切な考え方です。僕は、頭が良くなるために必要なのはこの視点だと考えていますし、同じことが読解力の研究で著名な新井紀子先生のベストセラー『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』でも述べられていました。

僕たちは「難しいこと」「スケールの大きなこと」を考えるのは大変です。でも、自分のこととか、自分の周りの人のこととか、自分の住んでいる地域のこととか、日常で身の回りにあることとか、そういう内容であれば、少しずつ考えることができるかもしれません。

逆に、何か新しく大きなスケールの話や難しいことを聞いたときには、「自分に当てはめて考えるとどうだろう?」「身の回りに、これと同じことはないだろうか?」と、自分の体験に落とし込んで考えていくことで、理解が早くなることがあります。

具体的で自分に近い話=ミクロの話と、抽象的で自分から遠い話=マクロの話。この2つを普段から意識して思考する習慣があるかどうか。これが東大の推薦入試で求められることの本質であり、また「頭が良くなるための本質」なのではないでしょうか。

いかがでしょうか? 東大推薦合格者たちの、「ミクロとマクロを行ったり来たりして考える習慣」は、参考になる部分が多い気がします。みなさんもぜひ、実践してみてください!

著者:西岡 壱誠