いまもなお語り継がれる伝説の経営者であるスティーブ・ジョブズの知られざる姿を、若き頃から彼を撮り続けてきた写真家の小平尚典と、あの300万部を超えるベストセラー『世界の中心で、愛をさけぶ』を著した片山恭一がタッグを組んで描く連載。第10回をお届けします(毎週月曜配信予定)。

10 消えた少年たち

オースン・スコット・カードの小説『消えた少年たち』の主人公、7歳の少年スティーヴィは毎日学校から帰るとスクリーンの前に座り込んでコンピューター・ゲームばかりしている。彼には一緒にゲームをする友だちがいて、ジャックやスコッティといった名前がついている。しかしその姿は両親にも弟や妹にも見えない。スティーヴィにだけ見える。

両親はジャックやスコッティを息子の空想がつくり出したものと思っている。なぜなら息子は小学校でつらい目にあっているからだ。一家は父親の仕事の都合で南部の田舎町に引っ越してきた。長男のスティーヴィは転校生ということでいじめにあう。級友たちだけではなく担任の女性教師までが彼にひどいことをする。こうしたつらさを乗り越えるために、息子には空想の友だちが必要だった。そんなふうに両親は推察する。

不可能を可能と思わせる催眠術に自らかかる

つらい目にあっている子どもが、困難を乗り越えるために現実に手を加えるというのはよく見られることだ。大人でもしばしば自己防衛のために現実をねじ曲げて解釈する。こうした傾向がジョブズにはひときわ強く見られたようだ。「現実歪曲フィールド」として有名な彼の独り善がりなものの見方は、困難を乗り越えるための「歪曲」と言えなくもない。

その威力と弊害はさまざまな形で現れる。手ごわい交渉相手に催眠術をかけて有利な条件で合意に至らせる。自らが率いているチームのスタッフに不可能を可能と思わせてしまう。困るのはジョブズ自身が催眠術にかかってしまうことだ。もっとも本人が自己暗示にかかって不可能を可能と信じているから、他人を自分のビジョンに引き込めるのかもしれない。

しかし、下手をすると現実を直視できずに会社を危機に陥らせてしまうことにもなる。彼がアップルを追われたのは、「現実歪曲フィールド」のマイナス面が膨らんで会社の負担になったからだろう。