いまもなお語り継がれる伝説の経営者であるスティーブ・ジョブズの知られざる姿を、若き頃から彼を撮り続けてきた写真家の小平尚典と、あの300万部を超えるベストセラー『世界の中心で、愛をさけぶ』を著した片山恭一がタッグを組んで描く連載。第11回をお届けします(毎週月曜配信予定)。

11 孤独の惑星

ジョブズがものを食べるシーンを思い描くことができない。何本か作られたジョブズ関連の映画やドキュメンタリーでも、食事のシーンはほとんど出てこなかったと思う。アシュトン・カッチャーが主演した映画では、レストランで会社の重役たちとストック・オプションの相談をしているとき、給仕が持ってきた料理を「見たくもない」といった感じで下げさせるシーンが印象的だった。

菜食主義を中心とした極端な食事

菜食主義を中心とした極端な食事については多くの人が証言している。学生時代にはニンジンとリンゴなどで何週間も過ごしたり、自然食系のシリアルだけで暮らしたり、果物と野菜しか食べなかったり、とにかく食事に関してはストイックな印象が強い。料理を「ごちそう」として見ることは、ジョブズにはできなかったのではないだろうか。食べることが、あまりにも機能や精神性に偏っている。

もちろん普通に食事はしていただろうし、地元の寿司屋などへは家族や気心の知れた人たちとよく出かけたようだ。ただ好き嫌いは激しく、最初のころはお新香巻きやかっぱ巻きしか食べなかったらしい。自宅では完全に和食で、パーソナル・シェフはジョブズ用の食事と家族のためのメニューと2種類つくっていたという。心の免疫反応が過剰に強い人なのだ。それが彼のアレルギー体質にも似た人格を形づくっている。

ジョブズの生涯を眺めわたして、決定的に欠けているのは「味わう」ことではないだろうか。とくに食べ物を味わった形跡がない。バイオグラフィーのなかに、若いころのガールフレンドとのあいだに生まれた娘と東京の寿司屋で穴子を食べる場面が出てくる。冷たいサラダばかり食べていた父親が、娘と2人きりの店で温かい穴子の握りを口にする。そんなことを娘のほうが印象深く覚えているほど、彼の人生には食べることを楽しむといったシーンが希薄なのである。

悲しいではないか。長く認知を拒んできた娘を受け入れ、2人で食事をしたときに、冷たいサラダやお新香巻きしか許さなかった心が、やわらかく温かみのある料理に向かって開かれた。孤独でかたくなな父親のなかに、ようやく「味わう」という契機が生まれたのだろうか。