この「持ち回り連載」を受け持っているわれわれ3人(山崎元氏、吉崎達彦氏、筆者)は「仲が良い」と思われているようだが、実はそうでもない。何より、経済、市場、社会に対する見方が大きく異なっている。

5月23日配信の記事「日本が『コロナ第2波』で最も脆弱になる懸念」で吉崎氏は、「日本で新型コロナの死亡者が極めて少ないのは奇跡ではなく、ただの謎として日本在住の欧米人に捉えられている」、というエピソードを紹介していた。

日本の対策は行き当たりばったりで、先進技術も使っていない。人々は自粛だけで、散歩も外出も自由といえば自由であり、杜撰である。それにもかかわらず、新型コロナウイルスの感染はさほど拡大せずに、世界最小レベルの被害で乗り切りつつある。それが謎なのだ、と。そして、逆に第2波のリスクはむしろ日本では高いかもしれないのに、人々は誤った自信を持ち対策を怠って、喉元過ぎて熱さを忘れた頃にひどいことになるかもしれない、と。

なぜ日本の被害は「少なかった」のか

しかし、私に言わせれば、今回のものは謎でもなんでもない。真実は単純で「日本にはコロナ危機はもともとなかった」のだ。

「なかった」はさすがに言い過ぎかもしれないが、もともと相対的には深刻ではなかったのだ。アジアはおおむねすべての国で欧米よりも被害が少ない。確かに欧州経由の、変異して強力になったウイルスは猛威を振るったかもしれない。だが、アジアの中国発のウイルスはそれに比べれば、被害は総じてそれほどでもなかった。

日本で3月中旬以降、感染が急に広がったのは、3月21日の連休で気が緩んだからではない。欧州から帰ってきた旅行者などが欧州型のウイルスを広めたからだろう。そして、欧米では死者の数が恐ろしいほど増えたが、それらの多くは、高齢者施設の院内感染だった。

例えば、フランスでは約40%が施設のもので、それは施設には、マスクも消毒薬の備えも薄かった。アジアに比べればそういう習慣があるとは言いがたく、面会などをし続けたことによって被害が広がった。高齢者に死亡者が多い一つの理由は、施設の院内感染の死者数が多いからだ。