ランボルギーニ「カウンタック」、その自動車史上まれに見るユニークなスポーツカーの登場に世界は沸いた。そして、そのスタイリングやエンジニアリングのDNAは、半世紀を経た今もランボルギーニの最新モデルに受け継がれている。カウンタックは、まさにスーパーカーとして求められるユニークさをあらゆる点で備えた、画期的モデルなのだ。

1971年のジュネーブモーターショーで発表された「カウンタックLP500」を目にした人々は、言葉を失ったであろう。低く幅広い、地を這うようなウエッジシェイプのプロポーションが強いインパクトを与えたのはもちろんだが、水平に近い角度を持ったフロントウィンドウの真横に位置する、見たこともない不思議な形状のドアも見た者の目を奪った。

ドライバーは、足先がフロントから飛び出すのではないかというくらい、車体の前方に座る。そして、後方からミッドマウントされたエンジンが、小さな居室へとめり込むかのように飛び出していた。カウンタックは「ミウラ」の後継モデルという位置づけで誕生したが、そのスタイリングだけを見ても、ミウラとはまったく異なっていた。

「ミウラ」の生産はわずか5年、生産台数は750台だった(写真:ランボルギーニ)

モデルライフ末期になって販売が低迷したとはいうものの、あれだけスタイリングが絶賛されたミウラである。その後継モデルを開発するなら、ミウラを連想させるようなスタイリングを考えるのが普通ではないだろうか。

一体全体、そのカウンタックのユニークさは、どこから生まれたのだろうか。

「フェラーリに対抗するため」だけではない

当時、世界の注目を浴びたミウラの登場に地団駄を踏んだフェラーリは、王者の面子をかけて対抗モデルの開発を行っていた。それに対抗する意味でも、さらにランボルギーニのDNAである先進性をさらに突き詰めたモデルは、必須であった。それゆえ、際だったユニークなモデルを目指したと考えるのは、1つの答えであろう。

しかし、筆者の答えは「No」である。もちろん、その緊張感が存在したことは事実であろうが、何よりもこのユニークさは、パオロ・スタンツァーニというとんでもない天才のパーソナリティそのものから生まれたと考えるのだ。