ただし、章男氏の考えるトヨタの未来は具体的な答えがある世界ではない。したがって、投資に対するリターンが確約されているわけではない。いわば、答えのない未来にチャレンジするために、章男氏は個人の出資という手段を選んだわけだが、それは、かつての資本家が使命をもって新しい企業を興したような、まさにアントレプレナーシップの発揮といえる。

「そういう意味では、個人の豊田章男と、トヨタ自動車社長の豊田章男との距離感というか、融合はこの10年ちょっとで随分進んできたと実感しています」

振り返ってみれば、社長就任後の章男氏は苦労の連続だった。リーマン・ショック、品質問題、東日本大震災、超円高が章男氏を襲った。

「リーマン・ショックのときは、この先どうなるんだろうということで、私自身もバタバタしていたと思います。しかし、いま、コロナ禍の中で、落ち着いていられるのは、価値観を共有できる人が社内に増えているからだと思います」

「トヨタだけでは未来はつくれない」

来年1月に発足するウーブン・プラネット、ウーブン・コア、ウーブン・アルファという具合に、3社にはトヨタの名称が入っていない。

「トヨタだけでは未来はつくれないんですよね。ただし、トヨタがいたからこそ、こういうことが進んだよね、という会社になりたい。〝この指とまれ〟といったときに、多くの人がオープンに集まってくる世界にしたい」

多くのテクノロジーカンパニーからの投資を得るためにも、トヨタの名称はないほうがいいわけだ。

「トヨタ本体とウーブン3社は、〝鏡〟のように選び合う関係になる」と章男氏は見通している。つまり、トヨタはウーブンに実証実験の場を提供する。ウーブンも、トヨタが参画したいと思うようになるのが理想の関係だ。

「いまの決断と行動によって、間違いなく10年後の景色は変わっていく。台数だけを追い求めた過去と決別し、幸せを量産できる会社に生まれ変わる」

アフター・コロナにおいて、企業と社会のあり方は大きく変容し、資本主義のあり方そのものが問われている。

「トヨタは個人のものではない。公的なものであるといったときに、シェアホルダーだけの利益を見ていてはだめだと思いました。お客さま、従業員、地域の人たちが喜び、結果的にシェアホルダーが喜ぶという流れにこだわる会社にならなければいけない」

日本資本主義の〝父〟といわれる渋沢栄一の『論語と算盤』に通じる考え方だ。

直近、国連が2015年に採択した「SDGs(持続可能な開発目標)」が再注目されている。章男氏が私財を投じて導く未来は、SDGsの目標達成にも直結する。章男氏が、資本家として新たなステージに立とうとしているのは間違いない。

著者:片山 修