世界が注目するアメリカ大統領選が間近に迫っている。「4年に1度の内戦」とも称されるこの一大イベントは、アメリカの政治・思想・社会を映す鏡だと言われる。

アメリカにおける大統領選はいかなる意味を持つのか。大統領とはいかなる存在なのか。アメリカ政治思想史を専門とする気鋭の学者、帝京大学・石川敬史氏に話を聞いた。

第1回目はアメリカ建国の英雄たちが「民主主義」をどのように捉えていたのかという視点から考える。

アメリカ建国期の政治、社会

佐々木:アメリカ建国期の政治、社会からお話をうかがわせてください。

石川:西洋的な歴史でみるところの「アメリカ」は、 1600年代、主にステュアート朝イングランドの人々が入植して始まりました。しばらくの時を経て、フレンチ・インディアン戦争(1754年〜1763年)後の1765年頃から始まった本国との政治的、経済的な軋轢により、1776年にいわゆる「独立宣言」を出すことになります。

これはイギリス領13植民地が本国に対して独立を主張したのですが、それはまた、国際社会(とくにヨーロッパ)に向けて宣言をするものでした。

植民地13邦というのは、もともと親しい間柄ではなく、ほぼ13の国に分かれているかのように存在していました。「アメリカ」という1つの単位は、実は1776年の段階ではあまり想定されていなかったのです。地理的、背景的には近いところもありますが、もともとまったく違う経緯、由来でできた国々のような自治を行っていました。それも、いちばん大きく分けて13邦ということで、本当はそれぞれの邦の内実もバラバラであって、実際のところ「アメリカ」とはそのような集まりでした。

とはいえ、これはアメリカを内在的にみた実態であり、ヨーロッパに残った人々と比較すると大きな意味で共通するものがなかったわけではありません。宗教社会学者のロバート・ベラーの研究によれば、背景的なところで、ヨーロッパからアメリカに渡った人たちには2つの大きな「精神的な伝統」があったといわれています。

1つは、「共和主義の伝統」です。これは具体的には独立自営農民の伝統で、共和主義というのは、身分を前提としない統治秩序だと大まかに捉えられます。ヨーロッパにおいては、農民というのは、まずは職業ではなくて「身分」なのです。ところがアメリカにおいては、これは身分ではなく最初から「職業」でした。つまり、何者かに依存していない独立した人たちの共和国ということで、そのアメリカの志向性は、当時のヨーロッパの常識では、相当に破天荒な地域という印象であっただろうと思います。

もう1つは、「聖書主義の伝統」です。アメリカは非常に敬虔なキリスト教徒の世界です。ヨーロッパにおいては、キリスト教というのは宗教であると同時に1つの「社会制度」でもありました。ところが、アメリカではパリッシュ(教区)というものがありませんから、キリスト教は、社会制度の機能というよりは本当に“信仰そのもの”なのです。カート・アンダーセンが近刊のベストセラー『ファンタジーランド』の中で、「アメリカというのは聖書の二次制作だ」という言い方をしているんですけれども、半ばそのとおりだと思います。

ここで強調したいのは、宗教的なものの活力が非常に強かったということです。ヨーロッパの正統的な神学者からすれば、当時のアメリカのキリスト教信仰が明らかに異端的なものだらけに見えたとしても、ただ少なくとも宗教に関しては”本気の世界”だったということは、アメリカを見るときには忘れてはならない点です。

13植民地はバラバラでありながら、彼らには共通する2つの精神的な基盤があって、それが「共和主義的伝統」と「聖書主義的伝統」だということは多くの歴史学者・宗教学者らが指摘するところであり、独立から今日まで、アメリカという国の振る舞いの実際をかたち作ることとなります。