そして、ミンツバーグは、戦略とは、計画的戦略を策定する場合用いられる分析技法ではなく人が生み出すのだ、と同書で主張している。つまり、「されど人」の価値を強調している。今やDX(デジタルトランスフォーメーション)真っ盛りの時代である。この時代が到来する前に、ミンツバーグは「分析麻痺症候群」を揶揄していた。

計画的戦略は環境があまり変化しないことを前提に策定される。一方、変化が激しい近年のような環境下においては、創発的戦略が求められる。だが、多くの企業は、社内外に向けて計画的戦略を披露する。パナソニックも3カ年の中期経営計画を株主、従業員、マスコミ、アナリストなどに向けて発表している。

津賀社長は2012年に社長に就任して以来、2013年に個人向けスマホから、続いて2014年にプラズマテレビから撤退した。ここまでは、中村元会長と大坪元社長が進めてきた計画的戦略の修正である。2014年になると、津賀社長は打って出る。自ら計画的戦略を構築し実行する段階に突入した。その代表事例が、2019年3月期に売上高を10兆円にする目標とテスラと提携し車載電池工場を設立すると発表したことである。さらに、2015年には車載電池をはじめとする成長分野に1兆円を投じる計画を示した。

ところが2016年になるとこれまで進めてきた計画的戦略が絵に描いた餅になり始める。創発的戦略の出番だ。売上高10兆円の目標を撤回する。そして、創業100周年を迎えた2018年、家電の対象市場を超えて、くらし全体を領域とし、製品とサービスを組み合わせた新たなソリューションを提供していく新経営ビジョン「くらしアップデート」を発表。一方、2019年に入り液晶パネルと半導体事業から、2020年には2016年にテスラと提携した太陽光パネル事業から撤退。同年、新たな動きとして、住宅事業および前述した車載電池でトヨタ自動車との提携を発表した。

近年、パナソニックの歴代社長は、改革を掲げながらも計画的戦略を達成できないまま退任している。そのたびに組織改革が行われ組織名はどんどん変わったが、本質的な構造改革にはつながらなかった。分権と集権のマネジメントを繰り返し、アメリカの政権交代のごとく、トップが代わるたびにビジョン、組織が変わり、社内外から戸惑いの声が聞かれた。津賀社長も2012年から苦闘し続けたが、社長最後の花道を飾れなかった。結果的に、歴代社長は就任直後に自分の計画的戦略をぶち上げるのだが、激変する現実の環境に対応できず、後手かと思われる創発的戦略を展開することになる。