「父と祖父が校長でした。祖父は地元の名士として知られ、父は祖父を見て自然と教職を選んだようです。私は有名人の息子として、どこへ行っても『安村先生(仮名)のお孫さん』『安村先生の息子さん』として特別扱いされていました」

連絡をくれたのは40代の男性、安村祐樹さん(仮名)です。昨年、当連載で紹介した「牧師の子」の話を読んで近いものを感じたとのこと。祐樹さんは中学から不登校になり、高校を中退。その後、大検を経て大学に通い、いまは「ふつうに働いている」と言います。

休日の朝、スカイプで話を聞かせてもらいました。最初は互いにややぎこちない雰囲気でしたが、祐樹さんの出身地の歴史話になると彼の表情が和らぎ(大の歴史好きだったようです)、画面越しに空気がほぐれていったのでした。

「自分だけ何か違う」という違和感や疎外感があった

祐樹さんが不登校になったのは、中学校に入ってすぐ学級委員と学年委員長に選ばれたことがきっかけでした。もともと控えめな性格で、小学校のときはのんびり過ごしていたのに、成績がよかったためか、先生から「長」に指名されたのです。

「いきなり知らない人たちのなかで、みんなをまとめなきゃいけないと言われても、何をしたらいいかわからなくて。しかも担任が非常に厳しい先生で。奥さんが教育委員長(現在は教育長と一本化)の娘で、父親や祖父とは“別の派閥”の人だったせいか、僕のことを殴ったり蹴ったりすごくいじめる。でも父は口を出せません。ふつうの家ならクレームを言えるけれど、父が言うと“先生対先生”の戦争になってしまうので」

中1の夏休み明けから、祐樹さんは学校に行けなくなります。その後、母親が手を尽くして担任を異動させ、中2からは父方の親戚が担任になってくれましたが、それでもなぜか祐樹さんは学校に行けませんでした。すると「せっかく担任を異動させたのに」といって、今度は両親が先生たちから責められたそう。