「まずは中央を立て直し、その次は地方にも恩恵がいくように、と順序を考えてやってきたが、その趣旨が地方の方々には伝わらなかった。その点は反省している」

12月1日、全日本スキー連盟に競技本部長を辞任する意向を伝えた元アルペンスキーヤーの皆川賢太郎氏は、辞任届けを提出後にこう語った。

皆川氏は2015年にスキー連盟の理事に着任し、2年後の2017年には競技本部長(常務理事)に就任。約3年間、スキー連盟の組織改革に奔走してマスコミの注目を集めてきたが、志半ばで身を引く結末となった。

執行部の中枢7人が否決

スキー連盟に激震が走ったのは10月18日の理事改選決議だった。候補に挙がっていた北野貴裕会長(北野建設会長兼社長)や皆川氏、星野佳路氏(星野リゾート代表)ら執行部の中枢7人が評議員会で否決されたのだ。

連盟中央の方針を地方の加盟団体に伝える役割を担い、連盟方針に否を唱えることはなかったブロック理事までもが否決にまわるという「スキー連盟史上、一度もなかった」(スキー連盟幹部)ことが起きた。

スキー連盟は12月6日に臨時の評議員会を開催し、欠員状態にある理事を改めて選任する。

3回にわたって開催された選考委員会で候補者に決まったのは、暫定会長をつとめる勝木紀昭氏(北海道スキー連盟会長、北海道エネルギー株式会社会長)ら7人。前会長の北野氏も再度候補者に選ばれた一方で、北野氏を支え、改革者として鳴らしてきた皆川氏や星野氏らの名はそこにはない。「北野・皆川体制」は実質的に幕を引く。

なぜ北野・皆川体制は否定されたのか。理由の一つは、皆川氏自身が触れたように、地方から反発が上がっていたからだ。