この5年ほど、世界では大きな変化が起こり続けている。イギリスのEU離脱(ブレグジット)やアメリカでのトランプ政権誕生、新型コロナウイルスのパンデミックといった事態が起こるたび、その変化をめぐる議論は二極化し、自分と違う考えの人を「断絶」することが当たり前となってしまった。

その背景には、事実や真実より感情を重視する社会への変容があると語るのは、2017年にノーベル文学賞を受けたイギリス人小説家のカズオ・イシグロ氏だ。同氏はこれまでも数々の作品の中で、変化の中で忘れられるものと、忘れられないものを扱ってきており、3月2日に上梓された長編小説『クララとお日さま』でも、人工知能(AI)の登場が個々人の人生や暮らし、価値観にどう変化や影響を与えるかを描いている。

変化が分断につながっている今の世界をイシグロ氏はどう見ているのか。

「当たり前などない」という現実を突きつけられた

――今回の小説を書き終えたのは、新型コロナウイルスが始まる前ですか。

2019年の11月か12月には書き終えていました。学校に行っていない子どもが登場したり、今回の小説がコロナ禍を彷彿させる場面があるとしたら、それは完全に偶然です。今回のパンデミックが私の小説に影響を与えるとしたら、それは次の小説に現れるのではないでしょうか。

――どういう影響を与えると思いますか。

パンデミックは私たちの社会がいかに脆いかを完全に浮き彫りにしました。今回の『クララとお日さま』そして、過去に執筆した『わたしを離さないで』はどちらも、とくに私の世代のように長期間安定した時代を過ごしていた人たちにとって、社会というものがいかにすぐに変わるものかを描いています。

私たちは長らく安定した時間や場所に慣れすぎて、社会というものは私たちによって作られている、ということを忘れがちです。政府は"普通の人々"によって運営されており、何か魔法のシステムが私たちを守ってくれているわけではない。パンデミックはそういうことを私たちに思い出させたわけです。

その前の2016年にイギリスではブレグジットが決まり、多くの国民がショックを受けました。その後、アメリカではドナルド・トランプ大統領が誕生し、ヨーロッパでもさまざまなことが起こりました。そのたびに、私たちの世代は「当たり前などない」という現実を突きつけられたのです。私は人生の大半を進歩自由主義的な考えのもとで心地よく過ごしてきたわけですから。

――そういう話を小説家仲間としたりしますか。