業歴50年以上の靴の輸入業者が債務整理を進めると聞きつけ、会社に向かった。本社は人の気配がなく、すでに閉鎖されている。だが、ドア越しに声をかけると返事があった。ドアを開け中を見ると、高齢の社長が黙々と事務作業をしていた。少し拍子抜けしながら聞くと、事業は前日で止め、残務処理をしているという。社長は入り口に立って質問する私を招き入れ、取材に応じてくれた。

 これまで海外から靴を安く仕入れ、国内で販売していた。事業がうまくいっている時もあったが、近年は消費低迷のあおりを受けていたという。調査レポートに目をやると、2000年代半ばには10億円を超えていた売上高も、直近は最盛期の半分以下になっている。さらに、数カ月前に大口の取引先が倒産したという。その取引先は社長が亡くなり、後継者もいなかったという。主力の販路を失うことで厳しい経営にますます拍車がかかり、自身の体調面も考えると事業継続を断念した、と穏やかに語った。
 後継者がいたのか尋ねると、「息子が別で事業をしているが、譲ることはしなかった」とポツリ。従業員には、いつか自分で会社を興すよう伝えたという。はっきりと口にしなかったが、業績不振の会社を誰かに引き継がせるより、自分で終止符を打ちたかったようだ。

 取材の途中、インフラ系企業の営業担当が飛び入りでやってくる一幕があった。私と同様、ドア付近で声をかける営業マンに社長は断りを入れた。
 担当者が去った後、「あなたもそうだけど、中に入ってこなきゃだめだ」と社長からダメ出しを受けた。社長は若い頃、セールスマンとして全国行脚していた。何としても契約を勝ち取るという気概から、飛び入りでも「商品と一緒に注文書を必ず持っていった」と懐かしそうに語った。事業が途絶えることは、経験を重ねた社長の「金言」も引き継がれない。製造業の場合は、それは「技術」でもある。
 後継者の問題は、地方のみならず、都市部の至るところで垣間見える。事業承継は後継者の有無や事業価値、経営者保証など、クリアすべき課題は多岐に渡る。どれだけの企業がこの課題をクリアし、後進へ遺産を継承できるのだろうか。


(東京商工リサーチ発行「TSR情報全国版」2020年1月17日号掲載予定「社長が事業をやめる時」を再編集)