横浜市戸塚区の団地・ドリームハイツで生まれ育ち、現在も地元を拠点に活躍するヒップホップユニット、サイプレス上野とロベルト吉野(以下、サ上とロ吉)。結成20周年を迎え、7月1日(水)には豪華アーティストを招いたコラボEP「サ上とロ吉と」を発表する2人に話を聞いた。

——緊急事態宣言中は、どのように過ごしていましたか。
上野 俺らが音楽制作などをやっている作業場がドリームハイツにあって、バスには乗りたくなかったからチャリに切り替えて、ほぼ毎日通って、後輩に手伝ってもらいながら、ペンキを塗ったり壁紙を張り替えたりして。
吉野 びっくりしましたよ。あの部屋があそこまできれいになったのは初めてで。
上野 ライブも一切なくなったし、スタジオに入って練習もできないから、ずっと掃除とDIYに向っていましたね。
吉野 スタジオに入るには難しい時だったね……。
上野 掃除も密を避けながらやっていましたが、俺、自分で服のブランドもプロデュースしているので、ひと部屋はお店みたいにして、そこで売ったらって話になって。戸塚でやってた店「BAR WHAT'S GOOD」をちょうど3月末に閉めたんですが、そこにあったDJブースも持ち込んで、照明も全部変えてます。また、みんなで会えるようになったら、その部屋が遊べる場になるといいなみたいな。
——未来につながるようなことをしていたんですね。
上野 このまま腐っていってもやだなと思って。実際、部屋汚かったしね。今は、少しでも汚くしたら怒りそうな勢い(笑)。
——サ上さんのブランドは、一般の方も行って購入できるようになるイメージなんですか?
上野 そうですね。そろそろ服もアポイント制とかで買えるようにしていこうかなと思っています。団地なので周囲にも迷惑かけないように。
——いいですね。サイプレス上野とロベルト吉野は結成20周年を迎えましたが、その団地・ドリームハイツで結成したんですよね。
上野 20年というか……生まれもドリームハイツで(笑)。
——ハマケンさん(浜野謙太・在日ファンク)もドリームハイツ出身なんですよね。
上野 ハマケンは吉野と同級生なんですよ。
吉野 同級生で、同じブラスバンド部でした。僕はトロンボーンを弾いてましたが、一緒に朝練とかやってたんですよ(笑)。
——ハマケンさん、以前取材させていただいたときに、団地の過疎化が問題になってる中でドリームハイツは今も元気で、団地の祭りもあり得ない規模だし、吉野さんも神輿を担いでると聞きました。
上野 祭りやばいですよ!吉野の仲間がドリームハイツの自治会の主力で、祭りとかクリスマス会とか企画してライブとかもはじめたら、どんどん規模がデカくなってきて。ハマケンがフランクフルト焼いてたこともあった(笑)。ドリームハイツはクレイジーケンバンドの横山剣さんも住んでた時期があるんですよ。
——そういうおもしろい方々が出る要素って何かあるんですか?
上野 音楽的な何かとはかないよね?
吉野 団地ブームがあって、それに便乗してドリームハイツもできたんだけど、そのトップクラスの規模で……。
上野 だからまあ、人はとにかく多かったみたいな感じで。
——ニューヨークの人種のるつぼじゃないですが、多種多様な方々がいるという感じとか?
上野 ああ、るつぼ感はありましたね。いろんな文化があって。駐車場も広かったからストリートカルチャー的には最高の環境だった。スケーターもいれば、先輩とかバイカーとかぐちゃぐちゃにいて。昼は遊園地でうるさいのに、夜もうるさいっていう状況で、なんとなく「音楽やるかー!」とかってあったかも。商店街にもグラフィティとか描いてあって、俺たちのかーちゃんは誰が犯人かもわかってるっていう(笑)。でも、全く理解のない人たちからしたらね。
吉野 不安になりますよね。
上野 まあ、今はそんな面影もなく、すごく住みやすい街ですけどね。公園もきれいだし。橋もあって、散歩すると気持ちがいいし。俺たちより下の世代とか、一旦離れても、子供ができて家族で戻ってきたりね。
——7月1日に結成20周年を記念したコラボEP「サ上とロ吉と」が発売されますが、1曲1曲、ゲスト陣も豪華で、お話聞いてると、こんなに振り幅の広い楽曲がすてきに同居しているのも、なんだかわかる気がします。今回、こうしたコラボ作品を作ろうと思ったきっかけは?
上野 これまで客演とかで呼ばれたりすることはあったんですけど、俺たちのほうからオファーしてってなかったなって。全曲コラボ作品というのもおもしろいんじゃないかなって。まずはどデカい花火を一発打ち上げようと。
吉野 いろいろ溜まったやつをね。
——コラボアーティストもゆかりのある方々ですね。
上野 バンドではYOUR SONG IS GOOD、アイドルのももいろクローバーZ、奇妙(礼太郎)さんのような心優しい声の持ち主とセッションしたらどうなるだろうなとか。
——ももクロとも、これまでの流れがありましたもんね。
上野 ももクロと言ったら日本のトップアイドルだから、文字にしたらトップ使ってきたなーとか思う人もいると思うんですけど、彼女たちにラップ教えたりもしたし、歌詞も提供していたり、ライブも一緒にやったりしているからね。アイドルもバンドも関係ないし、俺たちは、いい意味で壁を作んないようなところはあるから、ももクロも自然な感じでつながりました。
吉野 昔からジャンルレスなんですよ。
上野 「音楽だけでやってるんで」とか言っててもダメっていうか。じいちゃんばあちゃんとか、クソガキ相手にしないとやっていけない場所で育ったから。いろんな人と話をするし、地元のスナックとかでも70歳後半のおばあちゃんと一緒にカラオケで歌って、小遣いもらったりとか(笑)。
——あはは。いやあ、いい街ですね。
上野 もちろん、「なんでこんなところ」とかって、いやだった時期もありますよ。遠いんで。東京とかでライブとかやっても帰れないし。(→後編に続く)
【構成・取材・文=古城久美子/撮影=後藤倫人】