2020年1月3日、トランプ大統領から許可を得た米軍は、イラクの首都バクダッドにいたイラン革命防衛隊のソレイマニ司令官を殺害した。それへの報復措置として、1月7日、イランは、イラクにある米軍基地にミサイル攻撃した。ミサイルは10発以上、米軍基地に着弾したが、幸い、米軍兵士らは事前に避難をしていて死傷者は出なかった。ある種、計算された米国とイランとの対立とも言え、トランプ大統領は米軍に死者が出なかったことを「勝利」と言い、ポンペオ国務長官は、ソレイマニ殺害後「米国はより安全になった。」と述べた。が、たとえ米国もイランも全面戦争を行なう気はなくても、両国間に、様々な形態の報復の応酬が行われる危険は高まったと言えよう。

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 その報復の手段の一つが、イランの核開発問題である。ソレイマニ殺害後、イランは、「2015年の核合意」による核開発の制限は無くなったと述べた。そもそも、イラン核合意は、イランの核武装を阻止することを念頭に結ばれたものであった。イランの核武装に通じるウランの濃縮活動に厳しい制限を加え、その代わりに対イラン経済制裁を解除するというバランスの上に結ばれたものであった。

 それが、2018年5月のトランプ政権の核合意からの撤退でバランスが崩れ、欧州も米国の圧力でイランに経済的利益を与えることができなかったところへ、今回のソレイマニ殺害で、イランは自らに課された核開発の制限は破棄するとの声明を発表するに至った。

 問題は、実際、イランが20%濃縮ウランの生産に踏み切るかどうかである。ウランの濃縮度を90%以上に高めると核兵器の原料となるが、20%濃縮を達成すると 90%以上の濃縮は技術的にさほど難しくなくなるという。従って、20%濃縮が核兵器製造の意図の一つの目安と考えられてきた。

 しかし、イランは核合意による核開発の制限は無くなったと述べる一方で、IAEA(国際原子力機関)の査察官のイラン滞在は引き続き認めている。ザリフ外相は、もしトランプ大統領が方針を転換し制裁を解除したら核合意の条件に戻るとも言っている。また、肝心の20%濃縮ウランの生産については再開するとは言っていない。これはイランが核合意を完全に破棄したのではないことを示している。

 イランは、核問題で強気の姿勢を打ち出す一方で、具体的な動きは慎重に進めているようであり、必ずしも核合意の弔いの鐘を鳴らしたとは言えない。これは一つには、ウラン濃縮を急速に進めると、米国とイスラエルの強い反発を招くことを考慮しているものと思われる。2015年に核合意が成立する前、米国とイスラエルはイランの核施設の攻撃を真剣に検討したことがあった。当時「ブレイクアウト」という言葉が使われた。「ブレイクアウト」とは、核兵器1個を作るのに必要な90%以上の高濃縮ウランの量(従来約25キロと言われてきた)を製造するのにかかる時間のことで、核合意前には2〜3カ月と言われ、米国、そして特にイスラエルがイランの核武装が近づいているとの危機感を抱いていたが、核合意によってこれを1年ほどに伸ばし、これでイランの核武装に一応の歯止めをかけられたと考えられたのであった。

 それが今回濃縮活動の規制のタガが外されると、また「ブレイクアウト」が縮まってきて、米国とイスラエルがイランの核施設を攻撃するリスクが高まり得る。もっとも大統領選挙を控えたトランプがイランの核施設を攻撃することは考えられず、また仮にイスラエルが攻撃したいと思っても、トランプは止めるだろう。イランはこのようなリスクは避け、核合意からの完全撤退はせずに、核開発の拡大というカードを使って米欧に揺さぶりをかけていくものと思われる。

  
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