東日本大震災と東京電力福島第一原発の事故によって、甚大な被害を受けた福島県南相馬市。中でも小高区(おだかく)は、2016年7月に政府から避難指示が解除されるまで、全住民1万2842名が避難し、5年4カ月にわたって故郷に戻れない日々が続いた。しかし、避難解除後3年が経った現在では、3635名の住民(2019年10月現在)が帰還を果たし、以前のような暮らしを徐々に取り戻しつつある。その陰には、避難解除前から地域再生のために孤軍奮闘してきた小高ワーカーズベースの和田智行氏の尽力があった。同氏に、これまでの取り組みと現在の状況、小高区の展望について話をうかがった。

“ゼロ”ではなく“マイナス”から始まった南相馬市小高区の復興

和田智行氏は、震災前に東京のITベンチャーで役員として勤務しながら、出身地の旧小高町にUターン。オンラインで仕事をこなして個人事業を営んでいた。ところが、2011年の東日本大震災に伴う原発事故により、ある日突然、自宅が警戒区域に指定され、故郷の小高を追われ、家族と共に会津若松市で避難生活を余儀なくされた。

▲小高ワーカーズベース代表取締役 和田智行氏

しかし、2014年に同地域の日中活動が許可されると同時に、和田氏も避難先から故郷に通うようになった。同年2月には「小高ワーカーズベース(https://owb.jp/)」を立ち上げ、「地域の100の課題から100のビジネスを創出する」をミッションとして、小高区の復興支援に関わる数多くの活動を始めたのだ。

このころ、まだ小高区は避難区域内だったが、除染や復旧のために数千人もの作業員が働いていた。しかし彼らには、買い物をしたり飲食できる場所がどこにもなかった。まず和田氏が取り組んだのは、常磐線・小高駅前にWi-Fiがつながるコワーキングスペースを用意したり、避難のために空いていた「双葉食堂」を間借りし、避難先の地元主婦たちに店員になってもらい「おだかのひるごはん」をオープンさせることだった。

▲和田氏は避難解除前にこの双葉食堂で「おだかのひるごはん」をオープンさせ、小高区で働く作業員などに食事を提供していた

また、翌2015年には仮設商業施設「東町エンガワ商店」をオープンさせ、日用品や食料品の販売も始めた。すると、この頃から作業員だけでなく、避難先からも小高区の住人が多く集まり始め、コミュニティの場になっていったという。こうした同氏の活動が大きな「呼び水」になり、前出の双葉食堂の店主も、店を再開することを決意する。

この双葉食堂は、昔から地元で有名なラーメン屋だった。おだかのひるごはんに代わって元の双葉食堂として再開し、現在、昼時は連日満員の人気店に復活している。なお、東町エンガワ商店はスーパーマーケットのオープンにともない、いまは役割を終えて更地になった。

「当時、僕らはゼロからではなく、マイナスから出発しました。よく地元愛のような美談で自分たちの活動が語られることもありますが、僕は半ば意地のような気持ちで活動を始めたのです」と和田氏は当時を振り返りながら、一つのエピソードを打ち明けてくれた。

ある時、同氏は誰も住民がいなくなった警戒区域の小高で、ぽつんと地元の小高川を眺めていたという。すると水面から何かが跳ね上がってくるのに気づいた。それは鮭が遡上してくる姿だった。かつての小高川では、用水路まで鮭が迷い込んで、つかみ取りできるほどだった。故郷に必死に帰ってくる鮭を見て、和田氏はこう呟いた。「お前ら、戻ってきたのか」と。

▲小高駅にある観光案内マップ。かつて小高川では鮭の遡上が見られたという

まだ住人が誰も戻れない時期だったからこそ、それが帰巣本能ゆえであっても鮭が戻ってきてくれたことが、ことさら嬉しかったのかもしれない。その鮭の姿はまさに「小高の住人」にも重なる。

同氏の活動は、ふるさとに戻る住民の礎にもなっていった。小高ワーカーズベースは、これまで「ふくしまベンチャーアワード2015」特別賞受賞や、復興庁「新しい東北」復興・創生顕彰 団体部門を受賞している。 

NCL南相馬を立ち上げ、有志とともに小高区の新生のため活動中

和田氏は今、全国で起業型地域おこし協力隊を活用した事業プロジェクトを推進する「一般社団法人Next Commons Lab(http://nextcommonslab.jp/)」(以下、NCL)とともに、「NCL南相馬(http://nextcommonslab.jp/minamisouma/)」を立ち上げて、小高区の新生に取り組んでいる。NCLは全国11拠点で活動しているが、そのうちの1つがNCL南相馬になる。福島県には西会津にもNCLができたという。

このNCL南相馬のスローガンは「予測不可能な未来を楽しもう」というもの。南相馬市は、安全神話が崩れた原発によって突然、未来を奪われた地域だ。「だからこそ、未来は予測不可能であるという現実を受け入れ、自分ではない誰かやコントロールできない何かに頼らずに、自分の手で必要なものを積み上げたい、という考えに至った」(和田氏)。

NCL南相馬では、一度ゴーストタウンとなってしまった小高区をむしろフロンティアとして捉え、ゼロベースで街をつくり直す施策として、最終的に「なりわいの種」となる8個のプロジェクトを描き、それを推進する起業家候補者を募集している。

▲NCL南相馬が描く未来図。小高区の「なりわいの種」となる10プロジェクトを描き、起業家を募集。スタッフを含め、すでに8名が着任している

ここで「なりわいの種」とは、生産年齢人口の流出、空き家・空き地・空き店舗などの増加、といった地域課題を解決しつつ商売を両立させる持続可能なビジネスプロジェクトのこと。すでにNCLの事務局メンバーと、専任プロジェクトで起業を目指す8名のメンバーが着任しており、なりわいの種として、「お酒プロジェクト」(酒を使ったコミュニティ創出事業)や「ホースシェアリングプロジェクト」(相馬野馬追の馬シェアリング事業)、「移動アロマサロンプロジェクト」、「地域マーケティング支援プロジェクト」などが進められている。

なかでも現在、NCL南相馬では、「ローカルSEプロジェクト」(先端テクノロジーを活用した地域活性化:募集終了)、「お酒プロジェクト」(醸造担当)、「自由提案枠プロジェクト」の3部門のうち2部門で人材を募集している。

「この地域でビジネスをやろうとすると、ものすごく大変と感じるでしょう。あまり人も住んでいないし、環境も整っていませんから。それが普通の人の反応だと思います。それに対して僕らは、起業家のコミュニティをつくり、その拠点となる箱モノや事例となるビジネスを創ってきました。その動きを加速するためには、やはりテクノロジーの力が必要なのです。そのために新たにローカルSEプロジェクトを立ち上げました」

またNCL南相馬では、ロボットなどの先端テクノロジーを用いて、住民の暮らしを向上させるプロジェクトも計画中だが、これは今回のローカルSEプロジェクトのほうに含めているという。

ちなみに、ロボット関連では、小高区から車で約15分の場所に「福島ロボットテストフィールド(https://www.fipo.or.jp/robot/)」が建設されており、この3月にすべての設備が完成する。これは、小高区を含めた南相馬市全体にとって強い追い風になりそうだ。詳細は別稿の「福島ロボットテストフィールド見学レポート(https://wirelesswire.jp/2020/03/74543/)」で紹介済みであるが、国の一大プロジェクト「福島イノベーション・コースト構想」の一貫として進められているものだ。

▲福島ロボットテストフィールドは、実環境を再現しながら実証実験や性能評価、操縦訓練が行える世界でも類を見ない施設だ。写真は本館の研究棟

和田氏は、「こういった素晴らしい施設が小高区の近くにできるため、地域としても我々としても大いに期待しています。その一方で、莫大な予算をかけて作った立派な施設を、本当にしっかりと活用できるのかという不安もあります」と胸の内を明かす。

とはいえ、間近に迫ったオリンピック・パラリンピックと同時期の2020年8月20日から4日間、この福島ロボットテストフィールドでは、ロボット国際競技会「World Robot Summit(https://worldrobotsummit.org/)」(WRS)が開催され、地域に活気を与えてくれることが予想される。

グッドデザイン賞を受賞した新拠点「小高パイオニアヴィレッジ」

小高ワーカーズベースの最近の大きなトピックは、2019年3月に新たな簡易宿所付コワーキングスペース「小高パイオニアヴィレッジ(https://village.pionism.or.jp/)」が竣工したことだろう。建築費は、日本財団の復興助成費と自主財源に加えて、500万円のクラウドファンディングで賄ったという。そして、ここが前出のNCL南相馬の活動拠点にもなっている。

▲2019年にオープンした簡易宿所付きコワーキングスペース「小高パイオニアヴィレッジ」。ここでNCL南相馬も活動している

和田氏は、「何もなくなった小高を再生させるには、さまざまな事業が必要になります。とはいえ、この地区で事業を起こすには、普通では考えられない難しい課題もあります。原発事故から9年が経ったとはいえ、まだ汚染された地域というイメージが根強く残っており、実際に風評被害もあります。ここで事業をやってもうまくいかないという見方が一般的でしょうし、普通の感覚では手を出せないフィールドなのかもしれません。それでもなお、心を折らずに強い意思を持って進んでいくためには、そのハードルを少しでも下げなければなりません。そういう難しさを克服する意味も含めて、同じ志で小高で起業したり、何かを始めたい人たちのためのコミュニティが重要になるのです。我々が、ここに受け皿を作ることで、新たな事業が生まれて欲しいと願っています」と内に秘めた思いを語る。

小高パイオニアヴィレッジは、道路沿いから見ると壁に半透明なポリカーボネート板が貼ってあり、内部の明かりが優しく漏れるような構造だ。外観だけでなく内部もユニークで、2019年10月に「2019年度グッドデザイン賞」も受賞した。設計は藤村龍至氏(RFA)、施工はトラストワンが行っている。

「設計のコンセプトは機能を固定化しないことです。時間とともに変化していく小高の課題や可能性に、柔軟に対応できるように配慮してもらいました。事業者や来訪者に合わせて、将来的に企業や団体のオフィススペースなどにも用途を変更できるようなデザインになっています」

例えば、地上2階建ての施設中央にはコワーキングスペースがあり、大きな吹抜けに雛壇状の大階段を設けて、そこでイベントやプレゼンなど、さまざまなニーズに応えられるようにしている。また1階にはガラス細工を作る工房も設置した。

▲小高パイオニアヴィレッジのユニークな内部デザイン。 施設中央の大きな吹抜けに雛壇状の大階段が印象的だ

▲1階にはガラスアクセサリーを作る工房「アトリエiriser(イリゼ)」も設置。製品の製造だけでなく、販売も行っている

2階に上ると周囲に個人用ワーキングスペースやグループ用の作業台が用意されている。大画面ディスプレイもあり、遠隔会議やテレワークも可能だ。また簡易宿泊施設が配置され、計5部屋で最大10名(相部屋2名時)が宿泊できる。ほかにも1階にキッチンやシャワー室、ランドリーがあり、長期滞在でも生活に不自由はしない。

▲2階からみたコワーキングスペースの雛壇上の大階段。2階の手前には個人用ワーキングスペースがある

▲グループワークが可能なスペース。テレワークが可能な大画面ディスプレイも用意。ここでローカルSEプロジェクトの概要などが説明された

▲2階には簡易宿泊施設が5部屋あり、計10名(2段ベッドの相部屋)が泊まれる。1階にはシャワールームやランドリーもある

何もないから地域の摩擦も少なく、新しいことが何でもできる場所

このような動きの中で、小高区はいったいどのように変わっていくのだろうか?

「ようやく小高にも人が戻りつつあり、いろいろなものが整備され、地域に新たなニーズが出てきている段階です。そこにテクノロジーを活用して、こういうサービスをやりたいというご要望があれば、とても受け入れやすい土壌だと思っています。何かチャンスがあれば、多くの企業が協力してくれる可能性もあります」と和田氏。

NCL南相馬のように、地域を引っ張っていく若くて活力のあるメンバーも集まってきた。さらに、いくつかの大企業も南相馬に進出し始めている。加えて前出の福島ロボットテストフィールドが完成すれば、要素技術に強い地元の中小企業と大企業が手を組んで、先進的な産業が集積される可能性もある。

「ローカルSEプロジェクト」のアドバイザーとして参加した会津大学の藤井靖史氏 (産学イノベーションセンター客員准教授)は、「小高は、何もないから地域の摩擦も少なく、新しことが何でもできる場所です。東京で何かやろうとして、誰も見向きもしてくれなかったことが、この場所でやろうとすると、地域ぐるみで力を貸してくれます。そういう意味では逆説的ですが、本当にビジネスをやりやすい場所ともいえるでしょう」とエールを送る。

和田氏は、「最終的に小高区が震災以前のような姿に戻らなかったとしても、それは問題ではないのです」とも話す。それは、「小高には、タイムマシンで10年先に行かなければできないような課題が転がっており、それを解決する新しい手段を見つけられたら、日本の未来の課題解決にもつながるかもしれない。いまだからこそビジネスの芽がある」からだ。

日本全体で人口が漸減し、地方が衰退していく中で、和田氏は小高区を「むしろ地域課題を先取りした場所」と前向きに捉えている。これらの課題に対し、フロントランナーとして走る小高パイオニアヴィレッジは、名前のとおり、小高の未来を切り拓く志を持ったパイオニアたちが集う「約束の場所」になるのかもしれない。

(執筆&写真:井上猛雄 編集:杉田研人 監修:伊嶋謙二 企画・制作:SAGOJO)