クライアントである理工系大学に「リベラルアーツ」を学ぶ学部が設置された頃(おそらく2016年前後)から、改めて「教養って何だ?」が気になり始め、僭越にも大御所にこんな原稿(エリートと教養(https://wirelesswire.jp/2019/03/69511/))を依頼したり、あるいは編集部でも議論したり、いろいろな文献を漁ってみたりしたものの、何となくスッキリしないまま時間が過ぎていました。

ここ数年の教養ブームに便乗しただけの、タイトルに「教養」を含む書籍はほぼ例外なく失格。これらは「歴史と文化に通じていることが教養だ」と主張しているに過ぎず(無論これも大切な要素のひとつなのだろうけれど)、筆者が普段から体感(=人の振る舞いから五感を通して感じるもの)している教養のイメージからはほど遠いものです。明治・大正・昭和と続くいわゆる教養主義は、あまりに古臭い(筆者は主義というものを基本的には否定する立場をとっていますが、これもまた主義ではないかといわれそうな気もしますけれど)。

そこで、すでに2007年の時点で「新教養主義宣言」なる書籍を刊行していた山形浩生氏(もっとも、このタイトルは編集者が独断的に決めたようですが)にも会いに行って、彼の考える「教養」とは何かを聞いたりもしました(これは録画収録されていて、6月頃に公開する予定)。結果的には、これが筆者のイメージする教養に一番近いものだったこともあり、これで行こうと考え、書籍のタイトルをそのまま拝借する形でIT系メディアであるWirelessWire News内に「新教養主義宣言」を作ることにしました(建て付けとしては、前述の「理工系大学にリベラルアーツ」と同様)。

山形氏が考える「これから必要とされる教養=新教養」を一種のプロトタイプとして据え、その後もグダグダと教養のことを考えている中で、ふと事務所の中にあるイケア製のチェストが目に入りました。ここには、全く同じ容量の(キャスター付きの)チェストが二つあり、それを見比べていた時に「あれ?(全く同じチェストだと思っていたけれど)引き出しの数が違う」ということに気が付きました。引き出しが5段のものと6段のものがあったのです(おそらく6段のものが新製品)。

大げさにいえば、引き出しの「数」が事務作業に対する世界観を提示していることになるのでしょう。容量(=知識量)は一緒でも、世界観が微妙に異なるのです。先に紹介した「教養ブームに便乗した書籍」は、この「容量」を問題にしているわけですが、実は引き出しの数こそが教養なのではないか、つまり、いくつの引き出しを実装して世界を探求しようとするか、という態度のことを教養と呼ぶのではないだろうか、と感じたのです。とはいえこの「引き出し」のメタファーは、誤解を招くのもまた事実。何しろ「引き出しの数が多いことイコール教養でしょ」という解釈をする人も多いはずだからです。引き出しの数と教養には有意な因果関係も相関関係もないでしょう。

ここで「形式は内容に優先する(https://42-54.jp/20200407001/)」という理屈を持ち出した上で、さらに一歩進めて、その形式(引き出し)を臨機応変に組み替えることのできる能力こそが教養ではないか、と考えてみると、どうにも腑に落ちなかったさまざまなことが納得できます。この「形式を組み替える能力」とは、基本的にはある種の「引き受ける覚悟」のようなもので、時々刻々と変わるのがミソなのです。

もっと簡単に表現すると「聴く力(傾聴ブームだったりはしますが)」を状況に応じて組み替える能力でしょうか。「この人は何が言いたいのか、何を伝えたいのか」をその場の状況に即して必死で読解しようとする能力こそが教養ではないか、ということなのです。これは「この人」に限りません。森羅万象のモノから発せられるメッセージ全てが対象となります。動植物を含む全ての自然の声をカラダ全体で、そして状況に応じて聴く力こそが教養というものなのだと考えると、優れた職人にも、そして探求と調査を繰り返している学者にも、そこに深い教養を共通して感じていたことが説明できます。

私たちは、今こそ「聴く力」を鍛えなければなりません。それには「良いもの」を聴くことが必要です。WirelessWire Newsにオンライントークイベントという形で「新教養主義宣言」を開設するのは、こういった理由なのです。

傾聴に値する良いものを持っている人は、必死で書籍を作っているような人に多い、ということがいえます。そこで、豊富な著作を誇る識者をゲストとして招き、話をしていただくことにしました。新教養主義宣言は、彼らの知恵(wisdom)に耳を傾けつつ、自分の中にある引き出しを増やしたり、減らしたり、組み替えたりする能力を鍛えるためのオンラインの「道場」です。年内に50名程度の講師を招聘する予定です。ご期待下さい。