糸井重里さんにとっての神宮球場「近所のラーメン屋のよう」、村上春樹さん慰めたことも 半世紀通う魅力

東京ヤクルトスワローズの本拠地で、アマチュア野球の「聖地」ともいわれる明治神宮野球場。今秋のドラフトでヤクルトに1位指名され、次世代のエースと期待される星稜高・奥川恭伸投手らルーキー選手にもぜひ知っておいてほしい!という願いをこめ、球場と深いつながりのある方々を紹介します。今回登場するのは糸井重里さん(70)。自他共に認める「熱烈G党」の糸井さんと神宮の関係とは。(朝日新聞記者・榊原謙)
近所のラーメン屋のような存在
巨人ファンになったとき、糸井さんは9歳だった。1958年、長嶋茂雄さん(83)が巨人に入った年だ。前橋の家から父と2時間半かけ、後楽園球場へ巨人の応援に何度も出かけた。「球場に行くことが、東京に行く理由でした」。以来、半世紀以上にわたり自他共に認める熱烈なG党だ。ただ、そのファン歴にはわずかだが空白期間がある。
67年、大学進学のために上京した。前年までに巨人は2連覇を果たし、後に「V9時代」と呼ばれる黄金時代を築きつつあった。だが、糸井さんは後楽園にはいっこうに行かなかった。「学校は飯田橋だったから、水道橋(後楽園)には歩いてだって行けたはずなのにね」
足が向いたのは、水道橋とは逆方向の新宿だった。
ライブハウスで山下洋輔さん(77)のジャズバンドを夢中で聴き、文学に傾倒した。学校に泊まり込んで学生運動をやり、警察につかまった。大衆娯楽の象徴だった野球や巨人に対しては、関心を持たないようにさえしていたような気がする。
「社会の保守的な部分に反発していた。野球を見るっていうことが、『サブカル』じゃなかった。今風に言えば」
入学の翌年には大学に行かなくなった。政治の季節を通り抜け、コピーライターとして働き始めたのが20歳のころ。原宿にあった小さなデザイン事務所で、男性ファッション広告に付けるコピーを考える日々が続いた。
夜。職場の窓から外を見た。明治神宮外苑の森から、まぶしい光がこぼれていた。ヤクルト―巨人戦が行われている神宮球場の照明のあかりだった。今よりずっと暗い空に、ナイターの光が映えた。
職場のラジオは神宮での巨人の戦況を伝えていた。そこに行けば、いま全国に中継されている現場に立ち会える。そう思うと、いてもたってもいられなくなった。球場に行きたい。
「火事場のやじ馬が、できるだけ前に行こうとするような感覚だった」
神宮の光とラジオの巨人中継。その二つがそろうと、職場を飛び出すようになった。球場までの距離の近さに背を押された。決まって外野席の当日券を買った。
外野席といっても、当時は外野に座席はなく、観客は傾斜のある芝生に腰を下ろしたり、寝そべったりして観戦していた。思い思いの場所に敷物を敷いて、酒を飲んだり弁当を食べたり。酒を飲み過ぎた人が、芝生をごろごろ転がっていくのもよく見た。「『地元』感があった。僕にとっての神宮球場の原風景です」
巨人への思いは再燃し、もちろん後楽園にも足しげく通うようになっていた。本拠地・後楽園はファンにとっては真剣勝負の場だ。事前に渋谷のプレイガイドでできるだけいい席のチケットをとり、必死に応援した。それに対して、職場を抜け出して試合の途中に駆け込む神宮は、「近所のラーメン屋のような存在だった」。
30歳になる年に出版された矢沢永吉さん(70)の自伝「成りあがり」の編集で頭角を現し、迎えた80年。作詞を担当した沢田研二さん(71)のシングル「TOKIO」が大ヒットした。東京に住んで10年超。東京を「スーパーシティが舞いあがる」と表現した感性が注目された。「空に浮かんでいる球場」という空想をベースに、「球場」を「東京」に入れ替えて歌詞のイメージを膨らませたという。
村上春樹さんを慰めた
この頃、神宮のすぐ近くでバーを経営していた同年代の作家と知り合った。彼はヤクルトファンだった。神宮で2人でヤクルト―巨人戦を観戦するようになった。当時のヤクルトは弱く、その日も巨人がリードしていた。「僕は大喜びしつつ、彼のことを慰めていたんだ。そうしたら、ヤクルトの若松だったかにレフトのぎりぎりに飛び込むホームランを打たれて、そのまま負けたことがあった」
この作家は神宮の外野席で、ヤクルト―広島戦を見ていたとき、小説を書こうと決意したという有名なエピソードを持つ。後に日本を代表する作家になる村上春樹さん(70)。今もたびたび神宮で野球観戦をしているという。
「不思議、大好き。」(81年)、「おいしい生活。」(82年)。西武百貨店の広告で名コピーを連発し、30代でコピーライターとしての地位を確固たるものにした。「ほしいものが、ほしいわ。」。バブル崩壊前夜の消費社会の気分を象徴したコピーを打った88年、後楽園の代わりに初めての屋根付き球場、東京ドームが完成した。
「これほど大きな『室内』は見たことがない。野球場が劇場になった」。そう驚いた。
この年、40歳になった。映画「となりのトトロ」で声優を務め、仕事の幅は広がり続けた。一方で、これまでの延長線上でコピーや広告の依頼に応え続けることの袋小路も感じ始めていた。
そんななかでも、巨人の試合は熱心に見続けた。「巨人だけでなく、野球自体が好きだ」。気づけばそんな境地に達していて、巨人戦でない日も神宮にふらりと行くようになった。観客席ががらがらのヤクルト―大洋戦だって、楽しく観戦した。
井上陽水さんからの誘い
プロ野球だけではない。「行かない?」。歌手の井上陽水さん(71)から誘われて、大学野球のリーグ戦を見に行った思い出もある。試合には井上さんの息子が捕手として出場していた。井上さんはいつものひょうひょうとした様子だったが、「やっぱり息子が出る試合は見たかったんだろうね」。
最初に勤めたあのデザイン事務所は早々につぶれた。それでも、神宮のあかりはいつもそばにあり、球場に通い続けた。それができたのも、原宿や青山など神宮の付近に職場か住まいを置くことにこだわり続けたからだ。
「このあたりには、動き出そうとする次の世代の『気配』が常にあった。どこかに学びに行かなくても、空気としてあった」。東京で表現を続けるうえで譲れない部分だったという。
50歳になる98年、可能性を感じていたインターネットでウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」を開始。著名人も頻繁に登場する様々なコンテンツを無料で読めるようにし、「ほぼ日手帳」などの物販とあわせて、新たな仕事の軸が定まった。サイトのアクセス数は月145万、手帳の発行部数は当初の70倍以上に増え、2017年には運営会社「ほぼ日」の株式上場に至った。
上場企業の社長になり、70歳になっても、出勤のついでに神宮のチケット売り場に寄る日常は変わらない。8月、神宮であった高校日本代表の試合は売り場に「チケット完売」の文字を見つけ、がっくり。球場に続く道沿いに出る露店で買った焼きそばは、仕方なく持って帰った。「カレーをかけて食べました」
9月のある平日、東京の夕空は曇っていた。北青山にあるほぼ日のオフィスの窓からは、神宮球場の照明とスコアボードが見えた。つぶれてしまったデザイン事務所の窓ごしに、神宮のあかりを見た夜からおよそ半世紀。糸井さんにとって、神宮の光は東京の光でもある。
連載「神宮球場物語」
90年以上の歴史を誇る明治神宮野球場(東京)。プロ・アマあわせて年500試合が催される現場で、訪れる野球ファンを楽しませようと奮闘する人たちを紹介しています。関連記事
おすすめ情報
withnewsの他の記事もみるあわせて読む
-
DeNA 綾部元投手を略式起訴 少女とわいせつ行為などの罪
NHKニュース&スポーツ 12月10日(火) 20:11
-
幻のフリーペーパーが本に! 翻訳家が勧める「本当に面白い翻訳本」を集約
AERA dot. 11月24日(日) 17:00
-
消防隊員2人を書類送検=ヘリから落下、業過致死容疑―福島県警
時事通信 12月10日(火) 18:57
-
千葉県知事、給料と手当を減額へ 計83万円、台風対応問題視で
共同通信 12月10日(火) 17:11
-
医師が無免許で医療用麻薬を投与 沖縄
NHKニュース&スポーツ 12月10日(火) 17:54
-
あおりエアガン男、覚醒剤使用も 初公判、懲役3年6月求刑
共同通信 12月10日(火) 12:57
-
高校教諭を逮捕 元教え子にわいせつ行為の疑い 警視庁
NHKニュース&スポーツ 12月10日(火) 14:09
-
元農水相の玉沢徳一郎氏が銃撃、命に別条なし 撃った男は出頭
産経新聞 12月10日(火) 20:19
-
玉沢元農水相、銃撃される=男は警察に出頭―岩手
時事通信 12月10日(火) 21:12
-
陸自高等工科学校生が大麻 5人を退校の懲戒処分
共同通信 12月10日(火) 19:10
-
山梨で不明のドーベルマン発見 2キロ離れた河川敷
産経新聞 12月10日(火) 10:14
-
新潟女性殺害、男を殺人罪で起訴…牛刀で20か所以上刺す
読売新聞 12月10日(火) 19:35
-
小学校の五輪・パラ観戦、辞退相次ぐ 熱中症を懸念
朝日新聞 12月10日(火) 11:50
-
健康食品の「財宝」に是正指示 電話勧誘で定期購入契約告げず
共同通信 12月10日(火) 19:12
-
浜松 社長殺害事件 「2000万返す」と呼び出したか
NHKニュース&スポーツ 12月10日(火) 12:44
-
ミッフィー失踪、帰りを待つ仲間たち 特徴、お口が×印
朝日新聞 12月10日(火) 10:09
-
「レッドパージ」で人権救済勧告 国に東京弁護士会
共同通信 12月10日(火) 15:38
-
明日11日(水)の天気 全国的に気温高め 関東以西は日差しが暖か
ウェザーニューズ 12月10日(火) 16:06
社会 アクセスランキング
-
1
消防隊員2人を書類送検=ヘリから落下、業過致死容疑―福島県警
時事通信2019年12月10日18時57分
-
2
千葉県知事、給料と手当を減額へ 計83万円、台風対応問題視で
共同通信2019年12月10日17時11分
-
3
医師が無免許で医療用麻薬を投与 沖縄
NHKニュース&スポーツ2019年12月10日17時54分
-
4
あおりエアガン男、覚醒剤使用も 初公判、懲役3年6月求刑
共同通信2019年12月10日12時57分
-
5
高校教諭を逮捕 元教え子にわいせつ行為の疑い 警視庁
NHKニュース&スポーツ2019年12月10日14時09分
-
6
元農水相の玉沢徳一郎氏が銃撃、命に別条なし 撃った男は出頭
産経新聞2019年12月10日20時19分
-
7
玉沢元農水相、銃撃される=男は警察に出頭―岩手
時事通信2019年12月10日21時12分
-
8
陸自高等工科学校生が大麻 5人を退校の懲戒処分
共同通信2019年12月10日19時10分
-
9
山梨で不明のドーベルマン発見 2キロ離れた河川敷
産経新聞2019年12月10日10時14分
-
10
新潟女性殺害、男を殺人罪で起訴…牛刀で20か所以上刺す
読売新聞2019年12月10日19時35分
社会 新着ニュース
-
玉沢元防衛長官、岩手で撃たれる 命に別条なし、県警が男確保
共同通信2019年12月10日21時27分
-
全日空、飲酒機長を解雇 1時間以上の遅れ出す
共同通信2019年12月10日21時26分
-
玉沢徳一郎元農相、足撃たれる…銃持ち出頭の80代男逮捕
読売新聞2019年12月10日21時26分
-
【ノーベル賞’19】「やったね、よっちゃん」 “愛弟子”の津端敏男さんが晴れ舞台を祝福
産経新聞2019年12月10日21時24分
-
玄海原発でぼや=変電所から煙―九電
時事通信2019年12月10日21時19分
-
眞子さまと佳子さま、「アナ雪2」チャリティー上映会に出席
読売新聞2019年12月10日21時19分
-
神戸・長田で住宅火災 70代くらいの男性が死亡
神戸新聞2019年12月10日21時18分
-
姫路で民家火災 消防車10台が消火活動
神戸新聞2019年12月10日21時18分
-
「ぬくもってほしい」台風19号被災地に手編み靴下 宮崎・高鍋の81歳主婦
毎日新聞2019年12月10日21時12分
-
玉沢元農水相、銃撃される=男は警察に出頭―岩手
時事通信2019年12月10日21時12分
総合 アクセスランキング
-
1
ドラマーの山内“masshoi”優さん死去 いきもの水野、中川翔子ら追悼「信じたくない。はやすぎる」
ORICON NEWS 2019年12月10日 15時11分
-
2
テコンドー協会・金原昇会長、薬丸裕英に謝罪を要求 「『クズだ』と言ったんですよ」
スポーツ報知 2019年12月10日 17時02分
-
3
生活費が一番厳しいのは30代 年功給与改革は進むか
NIKKEI STYLE 2019年12月10日 11時00分
-
4
巨人 来季へ背番号大シャッフル、13人が変更 育成からチーム最多盗塁躍進の増田大は63→0に
スポニチアネックス 2019年12月10日 15時58分
-
5
小島瑠璃子「一生懸命仕事してあざといと言われる」芸能生活10周年で思わぬ悩み告白
スポニチアネックス 2019年12月10日 16時16分
-
6
「FNS歌謡祭」で“声の差”が如実に…薬師丸ひろ子と中山美穂の明暗
日刊ゲンダイDIGITAL 2019年12月10日 15時00分
-
7
あさイチで急死の滝口幸広さん悼む 落合シェフ「本当に残念」孫シェフ「悲しい…」
デイリースポーツ 2019年12月10日 12時39分
-
8
剛力 前澤氏との破局認めるも「私の気持ちは残ってます」 今年の漢字は「愛」
デイリースポーツ 2019年12月10日 19時15分
-
9
浜田コーチへのモラハラ訴訟 関大が織田信成氏と異なる見解を発表
スポニチアネックス 2019年12月10日 14時48分
-
10
消防隊員2人を書類送検=ヘリから落下、業過致死容疑―福島県警
時事通信 2019年12月10日 18時57分
東京 新着ニュース
東京 コラム・街ネタ
-
25年で容量900万倍に! 初代プレステ用メモカと最新SSDの「比較画像」に驚き広がる
Jタウンネット 2019年12月10日 21時00分
-
WEGO店舗、「大蛇みたいなウンコ出た」リツイートで謝罪 広報「乗っ取りの可能性が高い」
Jタウンネット 2019年12月10日 20時00分
-
「バーガーキング下北沢店作ってくれや」とツイートした結果 →夢が叶うも派手に晒されてしまう
Jタウンネット 2019年12月10日 19時33分
-
【墨田区】OPENを待ってました!錦糸町人気NO1呼び声の高い「焼肉ここから」別館がOPEN!
号外NET 2019年12月10日 18時39分
-
ミクシィ、渋谷スクランブルスクエアの新本社公開 全9フロア、初の社員食堂や巨大LEDも
みんなの経済新聞ネットワーク 2019年12月10日 18時36分
特集
特集一覧を見る 動画一覧を見る記事検索
掲載情報の著作権は提供元企業等に帰属します。
Copyright © The Asahi Shimbun Company. All rights reserved.