今YouTubeなどで注目されているのが、銀座にある「ヴァンパイアカフェ」。開業19年のお店ですが、「会いに行けるヴァンパイア」こと「ローズ伯爵」が話題となり大盛況。ゴリゴリのヴァンパイア姿の一方、「魔界生まれ石川育ち」という自己紹介、スーパーでは半額になった商品を狙い、「新小岩在住」を明かす人間味がありすぎる一面も。1日密着取材をしてみると、人生をかけた「自分らしさ」を見つけた男性の覚悟と、決して「見た目」倒しではない管理職としての思いがありました。(朝日新聞デジタル編集部・野口みな子)

<これまでのあらすじ>
 「吸血鬼の館」をモチーフにした銀座のコンセプトカフェ「ヴァンパイアカフェ」。館の「主」であり店長を務めるのが、ヴァンパイアの「ローズ伯爵」です。小5で「LUNA SEA」に目覚め、石川県でヴィジュアル系バンドを組んでいた少年がなぜ、「ヴァンパイア」としてこのお店で働くことになったのか、お店で話を聞いてきました。管理職である彼の「働く」について聞きました。

「遠くのミッキーより、近くのローズ」

 14時から続けた密着取材も後半戦に入りました。19時になると、お店は満席。このお店のどんなところに引きつけられているのでしょうか。友人同士で来たという大学生の女性2人に話を聞いてみました。

 1人は東京在住、もう1人は宮城から旅行に来ていました。宮城から来た女性はやはりYouTubeを見てお店を知ったそうで、「伯爵に会いに行ってみたいと思った」と話します。「今回の東京観光のメインはここなんです」と笑顔。なんと、明日はディズニーリゾート(当時は営業していた)は行く予定だといいます。

 ディズニーに並ぶどころか勝るヴァンパイア。それをローズ伯爵に伝えると、「まあ、遠くのミッキーより、近くのローズってことでしょうね」とにやり。

 他にも、遠方から会いに来るお客さんは絶えないそう。画面越しに見ていた人と、間近でふれあえることに、多くの人が魅力としてとらえていることがわかります。しかしその一方で、伯爵にはある悩みがあるのだとか。

 「遠方から来てくださっても、俺なんて言ったらいいかわからないんですよね、キャラ的に『ありがとう!』とか言えないから。『あっ、そう』とか言っちゃう」

 めっちゃツンデレ。キャラゆえの葛藤を明かしますが、そんな思いを知ってか知らずか、常連のお客さんは「塩対応でもラッキーって感じです」。ファンの心をつかんで離しません。

当初は「ガチガチの設定」だったけれども…

 「キャラを守る」といいつつも、今のスタイルは当初に比べて、かなり崩してきた方なのだといいます。最初は「ヴァンパイア」としての設定を全うし、私生活も表に出さず、かっこよさを追求してきました。

 しかし、「新小岩に住んでいる」「半額のになった商品を狙う『半額狩り』が好き」……伯爵がぶっちゃければぶっちゃけるほど、「人間性が見えて面白い」と注目され、お店のお客さんも増えるようになりました。

 「よく『キャラがブレてる』って言われるんですけど、喜んでもらえるならそれでいいんですよ。興味を持ってもらえることが一番うれしいので」

 そう語るローズ伯爵の表情は晴れやかです。幼い頃からビジュアル系カルチャーに傾倒し、ソロで音楽活動もしているローズ伯爵。このお店は親しんだ世界観の中で「ありのままの自分」でいられることの喜びと、人を楽しませたいという願いが両立しています。伯爵は「本当に飲食業が天職だと思うんです」。

「お酒を出して夜働く仕事なんて」母に反対され

 ローズ伯爵が「ヴァンパイアカフェ」で働き始めたのは、2008年。最初はアルバイトでした。お店のことは大好きでしたが、自由な環境でシフトにも頻繁に入っていた伯爵。社員になる誘いを断り続けていました。母親にも、「お酒を出して夜働く仕事なんて」と反対されていたといいます。

 転機は、30歳で訪れます。状況を見かねた店長に、「このままだと店がなくなるかもしれないよ」と言われたことでした。

 「今思えば本当につぶれるのかはわからないし、店長がとった最終手段だったかもしれませんけど、僕にとっては死活問題ですよ。自分のやりたいことをやれる場所を守らなきゃって思いましたね」

 伯爵の決意は固く、母も徐々に理解を示すようになったといいます。今では伯爵が勝手に呼び始めた「マザーローズ」という名を、自ら使うようになりました。

 そして社員になった伯爵は主任となり、そして今は店長としてお店を守り続けています。

 「会社は絶対に辞めないです。ここ、絶対書いておいてください」

忘れられない「SATY」のアルバイト

 「ローズ伯爵」としてお店に立ち始めた頃、ソロで音楽活動をする伯爵にとっては、「ヴァンパイアカフェ」は自分を表現する舞台の一部でした。しかし、管理職になって意識が変わってきたのは、お店で働くアルバイトの人たちを思う気持ちだといいます。

 「10代の子とかもこのお店を選んで働いてくれてるんですけど、10代ってその子にとってすごく大事な時期だと思うんです」

 思い返すのは、石川県の「SATY」の精肉店でアルバイトしていた高校生時代。精肉店の経営が傾き働けなくなったときも、「さとしくん、髪は長いけど(ビジュアル系だから)、真面目だからうちに来なよ」と声をかけてくれたお隣の総菜店の店長。

 「『バイト先に良くしてもらったな』っていう気持ちってずっと残ってるんですよ」

 だからこそ、「一緒に働いていた人にとって誇れるお店でありたいんです」。そう語る言葉にも力がこもります。あれ……めちゃくちゃいい話になってきている……。

ローズ伯爵「引退は死ぬとき」

 たくさんのお客さんをお見送りし、23時、気付くとお店は閉店の時間を迎えました。お客さんがいなくなった店内で、売上を確認。今日は、目標を大きく超えました。「売上がよければ、スタッフも活気づく。僕もやりたいようにやらせてもらえますから」。大好きなお店を守るために、数字は追いかけたい。

 帰り支度を始める伯爵に、「ローズ伯爵の『引退』があるとしたらいつでしょうか」と聞いてみました。

 「僕がローズじゃなくなるときは、死ぬときでしょうか。遺影もこの顔であってほしいくらい。死んでも『ローズ伯爵』でありたいです」

 伯爵は、「この姿のままでいられるならずーっと24時間こうしていたい」と話します。なぜなら、「ローズ伯爵」こそが自分のありのままでいられる、自分を表現できる姿だから。

 「だから、『働いている』っていう感覚がないんです」

 「働き方」を考えるとき、労働と生活をどう切り替えるかという議論がされがちです。しかし、ローズ伯爵にとってその間に切り替えはなく、「ローズ伯爵」として生きる時間の一面でしかありません。見る人が見れば、24時間働いているということになるかもしれない。

 そんなローズ伯爵の話を聞いたとき、私は自分の中で「働く自分」という役割を用意しているのだということを自覚しました。仕事はもちろん楽しいけれど、ついつい肩に力が入ってしまうのは、私生活の自分と「働く自分」がかけ離れてしまっているからなのではないかと。

 「自分を生きるように働く」そんなことができれば、「やらなきゃいけないこと」と感じるタスクも、「給料をもらう」という結果も、違った見え方ができるかもしれない。

 長い密着取材を終え、ヴァンパイアのメイクから「人間メイク」に近付いていく伯爵の背中を見ながら、私は「働く」という形式に、そこまでこだわらなくてもいいのかもしれないと感じ始めていました。

 「面白いヴァンパイアがいる」というきっかけで取材をしてきましたが、ローズ伯爵の言葉を通して、「働くとは何か」ということを考えさせられる機会となりました。

まさかの「オチ」が待っていた

 0時、全ての仕事を終えたローズ伯爵。そこで「あっ」と気付きます。

 「出勤記録がずっと『休憩』になってた……」

 途中で「休憩」に切り替えたのを、戻すのを忘れていたそうです。「働いている」という感覚がないどころか、本当に働いていないことになっていました。

 「うわぁ……めちゃくちゃ凹むわ……」

 完全に意気消沈です。「これ、変更の申請するのめっちゃめんどいんだよね」という伯爵を有楽町駅に見送り、1日密着取材は終わったのでした。


 最後となりましたが、ローズ伯爵様、ヴァンパイアカフェのみなさま、取材させていただいたお客様のみなさま、ご協力いただきありがとうございました。