《野球太郎ストーリーズ》広島2013年ドラフト1位、大瀬良大地。スカウトの執念の左手に引き当てられた豪腕(2)

《野球太郎ストーリーズ》広島2013年ドラフト1位、大瀬良大地。スカウトの執念の左手に引き当てられた豪腕(2)

前回、「宝の山に埋もれた逸材」

昨年のドラフト会議で2度のクジを外した広島は、今年ある“奇策”に出た。重複指名の際の抽選を担当スカウトに引かせたのだ。高校3年時から急激な成長を遂げてきた大物右腕と、その姿を誰よりも見守り続け、そして引き寄せられるように当たりクジをつかんだ担当スカウト。二人の間には5年間の物語があった。

◎大学生ナンバーワン投手

 大瀬良は九州共立大進学後に、たちまち頭角を現した。
 1年春のシーズンから初先発初勝利を含むリーグ最多の5勝を挙げベストナインを受賞。2年春、3年春には川満寛弥(ロッテ)とともに大学選手権ベスト4入りに貢献した。2年春からは3季連続でリーグMVPに輝き、日本代表にもアジア選手権の全アマを含む3度選ばれている。

 球速も入学直後に150キロを超え、2年春にはカットボールをマスターした。実はこのカットボールこそが、プロサイドの人間がもっとも賞賛する大瀬良の球種のひとつなのである。

「カウントを作る時は小さい横滑りで、三振を狙う時はタテに大きく変化するのが自分のカットボールです」(大瀬良)

 スライダーにも磨きがかかり、チェンジアップも向上。速球は常時140キロ台を記録し、もはや福岡六大学リーグでは敵なし状態に突入した感さえあった。

「1年の時は、ただ速い球を投げればいいと思っていました。2年になって、ようやく質というものを意識するようになりました。身近に川満さんのような、球質で勝負するピッチャーがいたからです」

 という大瀬良を、さらに4年間追い続けることになった田村は、数え切れないぐらいに北九州市にある九州共立大へと足を運んだ。大学前半期の大瀬良に対しては、こんな見方をしている。

「恐いもの知らずで投げていたというか、投げ方自体もまだ反動を利用して、突っ立って投げていた。高校時代のままだったね」

 当時は九州共立大・仲里清監督も、リーグ戦で勝ち続ける大瀬良に対して首を傾げることが多かった。

「川満は130キロの投げ方から135キロがくる。逆に150キロの投げ方をしていながら145しかこないのが大瀬良。川満のように、しっかりと下半身を使えていないからなんですよ」

 仲里監督と大瀬良は、映像でフォームを解析しながら、左半身の開きや重心移動を矯正していった。年々進化する大瀬良の投球フォームに、田村も気づかないはずはない。

「進級するたびに投球メカニズムはよくなっていった。これは間違いなく仲里監督の指導の賜物だよ。今の大瀬良は下半身主導で『割れ』ができているし、しっかりと軸回転ができるようになったからね」

 2年の日米大学選手権では、当時ビッグ3と称された藤岡貴裕(東洋大→ロッテ)、菅野智之(東海大→巨人)、野村祐輔(明治大→広島)と同じ時を過ごした。3年のアジア選手権では、吉田一将(JR東日本→オリックス1位)、秋吉亮(パナソニック→ヤクルト3位)ら、アマ球界のトップ選手と同じ釜の飯を食った。

 こうした代表経験で数多くの知識を持ち帰り、その後の投球術にも生かしていった大瀬良。4年シーズンを前にスローカーブをモノにしたのだが、これは2年前の代表で、菅野智之に“緩急の重要性”を説かれたことに起因している。

 しかし、4年シーズンになると、大瀬良は突如として勝てなくなった。過去のリーグ6シーズンでわずかに1敗だった男が、4年春、秋だけで7敗を喫しているのだ。大学選手権、明治神宮大会にも届かぬまま、大瀬良の大学生活は幕を閉じてしまうのだった。

 シーズン前の調整方法に失敗したとか、フォームのバランスを乱していたとか、様々な憶測が飛び交った。実際のところ、スカウト目線には、どう映ったのか?

「何の問題もなかったね。昨年までと違う点?最高学年になったことで、自分がチームを引っ張っていかないといけないという意思が、より前面に出ていたことぐらいかな。本当にいたって順調な大学生活だった。4年間で技術的な壁に直面して悩んでいたという印象は、一切ないね」

◎執念の結実

 10月24日のドラフト当日。九州共立大の会見場に設置されたモニターの前で、終始余裕の表情を浮かべていた大瀬良大地。知人を見つけては会釈、チームメートの冷やかしには笑顔。その大瀬良の眉が、わずかにピクリと動いた。ドラフト会場に入場してきた広島首脳陣の中に、5年間のすべてを知られている担当スカウトの姿を見つけたからだ。

「なんとなく、予感めいたものを感じました」

 と大瀬良は言った。長崎日大高のブルペンで、長崎ビッグNスタジアムのマウンドで、九州共立大の練習グラウンドで、福岡六大学リーグの公式戦会場で、常に自分を見ていた、あの人物である。

 広島は「大瀬良大地」を1巡目で入札し、3球団が大瀬良のために競合した。抽選に臨む人物は、阪神・和田豊、ヤクルト・小川淳司の両監督に挟まれて立ち、「一番彼のことを見ている自分が外すわけない」と抽選箱にグッと左手を突っ込み、見事に当たりクジを引き当てた。そして万感のガッツポーズを見せた後、たまらず感極まった。

 この直後に始まった指名会見で、大瀬良が静かに語り始めた。

「何か不思議な縁を感じますね。田村さんは僕が無名だった高校生の頃から熱心に見続けてくれた方。その田村さんがクジを引き当ててくれたのですから。テレビで田村さんの顔を見ていたら、なんか僕を引き当ててくれるんじゃないかという気になってきました。田村さんの思いが僕を引き当ててくれたことは、間違いないかもしれません。いずれは球界を代表する投手になって、恩返しができればと思います」

 田村が担当する選手を広島が1位で指名したのは、4年前の清峰高・今村猛に続いて2例目となった。当時の本命を追いかけ続けている最中に、ふと小耳に挟んだ「長崎にはもうひとりいる」という小さな情報が、思わぬ形で別の運命を切り開いた。

 ドラフトは奇縁。それを具現化した、5年間のドラマだった。

「もっと伸びる選手だよ。技術的にも肉体的にも、まだまだ未完成だから。腹筋、背筋、股関節なんてまだ全然だし。本当に課題だらけですよ。ただ、今から待っている厳しいトレーニングに、妥協しないで取り組んでいけるのが大瀬良。克服していけるのが大瀬良。大瀬良の一番のよさって、上を目指すための努力を怠らないこと。体に対するケアを怠らないこと。これまでも、ずっとそうだったじゃない。そして、天狗にならない。プロで成功するための要素を、いくつも持ち合わせている。

 目の前の課題を乗り越えて、一段階上に行った時にどうなるのか。それはオレ自身が一番楽しみにしているかもね」

 4年前の5月、福岡郊外の練習試合で芽生えたスカウトマンの執念は、こうして結実した。その執念によって誕生したプロ野球選手、大瀬良大地。両者の絆こそが、結果的には今ドラフト最大のトピックとなった。

(※本稿は2013年11月発売『野球太郎No.007 2013ドラフト総決算&2014大展望号』に掲載された「30選手の野球人生ドキュメント 野球太郎ストーリーズ」から、ライター・加来慶祐氏が執筆した記事をリライト、転載したものです。)


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