チェコ特使インタビュー:欧州におけるエネルギーの「脱ロシア化」の現状と展望

執筆者:フォーサイト編集部 2024年5月16日
エリア: ヨーロッパ
左からバルトゥシカ特使、池上正喜欧州局審議官、マルチン・クルチャル駐日チェコ大使[日本外務省との面談にて=駐日チェコ共和国大使館提供]

 4月下旬、チェコ共和国エネルギー安全保障担当特命大使ヴァーツラフ・バルトゥシカ氏が、日本のエネルギー関係省庁や企業関係者らと会談するため来日した。都内で単独インタビューに応じたバルトゥシカ特使に、チェコのエネルギー脱ロシア化の現状を聞いた。

※※※

――チェコにおけるエネルギーの脱ロシア化はどの程度進んでいますか。ロシアによるウクライナ侵攻以前、チェコはロシアから天然ガスや核燃料を輸入していました。

 たしかに2022年2月まではロシア産のガスを輸入していました。なぜなら天然ガスに関してチェコは基本的にドイツ市場の一部となっており、ドイツは主にロシアからガスを輸入していたからです。

 しかし、2022年8月までに、ドイツもチェコもロシア産ガスの利用をゼロにしました。わずか半年間で他の供給元に切り替えることができたのです。チェコは2022年にオランダで、昨年にはドイツで、LNG(液化天然ガス)のターミナルを借りる契約を結びました。

 EU(欧州連合)にはまだロシア産のガスがパイプライン経由で、あるいはLNGの形で供給されていますが、私たちはそれを問題視していません。なぜならロシアの天然ガスに対する制裁は課されていないからです。ロシアの石油に対する制裁はありますが、天然ガスに対する制裁はありません。その点は日本と似ていると思います。日本もまだサハリンからLNGを輸入しています

 ただしロシアは天然ガス市場において、もはやプライスメーカー(価格決定者)ではありません。ロシアはプライステーカー(価格の設定に関与できない市場参加者)であり、それは原油市場においても同じです。原油価格はサウジアラビアが決め、欧州向けの米国産ガス価格は米国、ノルウェー、カタールが決めています。

――チェコは昨年、核燃料の供給元もロシアから米国とフランスに変更しました。すでに完全に切り替えたのですか。

 いえ、完全な切り替えにはまだ時間がかかります。通常、原子力発電所では毎年4分の1ずつ燃料を交換します。私たちは今、非ロシア産の燃料を購入し、交換を始めた段階です。完全に入れ替えるにはあと3年かかりますが、十分な供給があり貯蔵も十分なので心配はありません。

――チェコの電源構成についてお聞きします。2020年のデータでは石炭発電40%、原子力発電40%となっていますが、将来的にどう変わっていくのでしょうか。

 原子力と石炭がそれぞれ40%ずつ、残りは15%が再生可能エネルギーで、水力がだいたい5%です。発電に占める天然ガスはごくわずかで、現状はほとんどが原子力と石炭といえますが、石炭は段階的に、おそらくはこの10年で廃止され、他のものに置き換えることになります。

――石炭は天然ガスによって置き換えるのですか。

 原子力発電所の新設には少なくとも10年、あるいは15年かかります。ですから、早く代替したいのであれば、天然ガスにする必要があります。あるいは、近隣諸国から電力を輸入することもできるでしょう。

原子炉の新設計画からロシアと中国を排除

――チェコでは国内のドゥコヴァニ原発とテメリーン原発に新たにそれぞれ2基、計4基の原子炉を建設する計画があります。日本では原子力発電の是非をめぐって世論が大きく分かれていますが、チェコの世論についてお聞かせください。

 原子力発電については国民の70%程度が支持しています。この数値は、数十年前からずっと変わっていません。ですから、原子力発電の是非について議論することなく、政府は新しい発電所の建設を考えることができます。すでに昨年10月に1基目の入札を終えていますが、現在はフランスと韓国の2社に4基分の追加入札を依頼しています。

 もちろん、チェコは民主主義国家ですから、どんな問題についても常に論争はあります。ですが原子力に対しては国民の支持があり、国会内にも原発に反対する政党はありません。

――チェコの新しい原子炉建設にはフランスと韓国の企業が入札に参加していますが、当初は中国の企業も興味を示していたと聞いています。

 私たちは2021年にロシアと中国の原子力発電の入札を禁止する法律を成立させました。政府は2017年、6人の有識者に、どの国を原子炉建設に入札させるべきか諮問しました。私はその6人のうちの1人で、私たちは最終的に、ロシアと中国は参加させるべきではないという報告書を書きました。内部で大きな議論があり、結論が出るまでに数年かかった。そして2021年、ロシアと中国の原子力事業への参加を禁止する法律が成立したのです。

――ロシアと中国だけ排除されたのですか。

 法律で排除されたのはその2カ国だけです。とはいえもちろん、北朝鮮を招待するつもりはありませんけどね(笑) 重要なのは、法律が成立したのが2021年9月、つまり戦争が始まる前だということです。

――再生可能エネルギーについて伺います。温室効果ガスを減らすためには再生可能エネルギーの利用が必要です。しかし、例えばソーラーパネルの多くは中国製なので、太陽光発電を増やすことで中国への依存度が高まるという議論が日本では起きています。

 私たちはヨーロッパにおける輸入石油・ガスへの依存度を下げるべく、移行を進めています。石油やガスに関してサウジアラビアやロシアへの依存度を下げたいのであって、石油やガスへの依存を、ニッケル、コバルト、リチウム、銅といった他の原材料への依存に置き換えては意味がありません。エネルギー移行において安全保障上の問題が非常に重要なのは明らかです。

ウクライナは生き残らなければならない

――チェコの隣国スロヴァキアについてお聞きします。チェコのペトル・パヴェル大統領は現状、ウクライナ国民にとって最も信頼できる強力な支援者の一人です。一方、スロヴァキアでは、昨年の総選挙と今年の大統領選の結果、親ロシア的とも見られる政権が誕生しました。かつては同じひとつの国家(チェコスロヴァキア)だったチェコとスロヴァキアですが、現在のロシアへの向き合い方の違いは何に起因すると思いますか。

 ひとつの国だったのは32年前までで、ずいぶん昔のことです。チェコスロヴァキアは、二つの異なる国民から成り立つ大きな国だったと言えます。それぞれが分離したことは、お互いにとって良いことだったと私は思います。私たちは友人であり、今でもお互いを理解しているし、言葉も似ています。それでも異なる国民である以上、一緒にいる理由がなかったのです。

――例えばスロヴァキアにとって、エネルギーの脱ロシア化がチェコより難しい事情があるのでしょうか。

 私はそうは思いません。チェコは内陸国で海がありませんが、オランダやドイツでLNGターミナルを借りることができました。これは誰でもできることです。何を達成したいか、それが問題なのです。

――戦後のウクライナの復興のためにチェコは何ができると思いますか。

 ウクライナはまず生き残らなければならない。戦争がどのように終結するかは定かではない。だから、まずはウクライナが生き残るための支援に集中しましょう。復興は戦争が終わってからの話です。戦争がいつ終わるか私には分からない。私は定期的にウクライナのキーウに行って現地の状況を見ていますが、彼らが生き残るのは本当に簡単ではありません。

――ウクライナ侵攻後、ロシアに対するチェコの世論は変わりましたか。

 チェコ人は一般的に、怠惰な国が好きではないと思います。私の国では、日本やスイスなど、実際にものを作っている国や、原材料をほとんど持っていないけれども非常に勤勉な国に対して、非常に高い尊敬の念を持っています。

 ロシアには想像できる限りの自然資源があるのに、何も作っていない。私たちは中国を尊敬しますが、それは中国が実際にものを作っているからであり、ロシアはそうではありません。あなたのノートパソコンも、携帯電話も、どれもロシア製ではありませんよね。カバンも、服も、車も、私たちはみんな中国製のものは使いますが、誰もロシア製のものを持っていない。ロシア製のものはほとんどないということです。石油とガス、武器、トラブルを除いてね。

 私は1968年に生まれました。1968年はチェコにロシアがやってきた年です(※編集部註:チェコスロヴァキアにおける自由化運動「プラハの春」に、ソ連軍を中心とするワルシャワ条約機構軍が介入した)。私たちは昔から、ロシアが危険な国であることを知っています。

親ロシア派でさえ報酬をルーブルで受け取らない

 世界のどの国の人にとっても、本当に重要なのは毎日買うものや必要なものです。だから私たちは中国を尊敬するし、日本、スウェーデン、フランス、ドイツ、アメリカを尊敬する。実際に物を作っている国々だからです。何も作らない国には敬意を払わない。それはソ連がチェコスロヴァキアを支配していたときもそうでした。人々はロシアの歌を聴かなかったし、ロシアの本も読まなかった。貯金をルーブルで持つこともなかった。

 私は普段から、貯蓄をどの通貨で持っているかは、誰が信用できるかという最も重要な指標だと人々に話しています。ロシア以外の世界のどこにも、家族の貯蓄をルーブルで持っている人はいないと思います。日本円や米ドルやユーロ、あるいは(チェコの通貨である)コルナで貯蓄をしている。ロシア以外でルーブルを持っている人を私は知りません。

 インターネットで検索すれば、「ボイス・オブ・ヨーロッパ」のスキャンダルに関する記事を見つけることができるはずです。チェコの情報機関がロシアの影響工作を捜査して、「ボイス・オブ・ヨーロッパ」というニュースサイトがロシアからの資金でプロパガンダを広めていたと公表し、ヨーロッパでは大きなスキャンダルになりました。チェコの情報機関の捜査をきっかけに、ドイツ、ベルギー、その他のヨーロッパ諸国にも、親ロシア派の意見を広めるためにロシアから報酬を得ている政治家のネットワークがあることが発覚したのです。

 それらの政治家やジャーナリストは皆、ロシアから報酬を得ていました。ただし重要なのは、全員がユーロで報酬を受け取っていたということです。ヨーロッパの親ロシア派の政治家たちがユーロでの支払いを望む限り、私は心配しません。もしも彼らがルーブルでの支払いを望み始めたら私は心配するでしょうが、今のところ誰もルーブルを欲しがらない。ロシア人でさえルーブルなんて欲しがらないのですから(笑) でも、これは本当に重要なことです。

――最後に何か、日本の読者に伝えたいことはありますか。

 日本が属するグローバルな西側諸国、つまりヨーロッパ諸国、アメリカ、オーストラリア、そして日本が、おそらく私たちが認めている以上に互いに協力的な敵対勢力に直面していることは、もうはっきりしていると思います。ロシア、中国、イラン、北朝鮮です。彼らの関係が「同盟」だとは思いませんが、一方で私たちの想像以上に彼らは協力し合っているはずです。彼らのうち誰かが成功を収めれば、それは他の地域においても大きなトラブルを引き起こすでしょう。

 だからこそヨーロッパは以前より中国や北朝鮮に注意を払うようになったし、日本でもウクライナ情勢が大きな話題になったのだと思います。私たちは基本的に同じ陣営にいます。再び危険な世界が訪れた。しかし、私たちはなんとかそれを乗り越えることができるでしょう。私はそう楽観視しています。

 

◎ヴァーツラフ・バルトゥシカ(Václav Bartuška)

チェコ共和国外務省エネルギー安全保障担当特命大使。1968年プラハ生まれ。カレル大学社会学部卒。チェコスロヴァキア共産党の一党支配を終結させた1989年の「ビロード革命」で、学生リーダーの一人として中心的な役割を果たした。秘密警察に拘束された経験から、民主化後の国会で秘密警察調査委員会に選出される。チェコがEU議長国を務めていた2009年1月のロシアとウクライナ間のガス紛争中、両国とEUで行われた交渉に携わった。2006年より現職。

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