第157回 アルツハイマーの予防に効く?「40Hz」と「深い睡眠」の共通点

背景の模様はおよそ40Hzの「クラドニ図形(板の上に砂をまいてある周波数の振動を与えたときなどに生じる模様)」。(イラスト:三島由美子)
背景の模様はおよそ40Hzの「クラドニ図形(板の上に砂をまいてある周波数の振動を与えたときなどに生じる模様)」。(イラスト:三島由美子)
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 今回紹介するのは認知症に関連する脳波リズムと脳のクリーニングに関する話題である。2016年に書いた第61回「脳の掃除は夜勤体制」のその後のブレークスルー研究の話を紹介したいと以前から考えていたのだが、すでに5年前の2019年に「Science」誌に掲載された研究であるため、いささか「古いネタ」になってしまい紹介しそびれていた。ところが今年3月に、米国マサチューセッツ工科大学が「Nature」誌に発表した非常にユニークな研究が正にこの領域に関するもので、相互に深い関連があるので改めて一緒に紹介したい。この領域とは脳のリンパ系である「グリンパティックシステム」である。

 つい最近マサチューセッツ工科大学の研究者らが、アルツハイマー病モデルマウスを飼育箱に入れて、40Hzの発光ダイオードによる光刺激と、同じく40Hz/60デシベルの音刺激を同時に1時間与えたところ、脳内に蓄積したアミロイドβの除去が進んだこと、またそのメカニズムを見いだしたと発表した。アミロイドβはアルツハイマー病の原因物質と考えられており、最近ではアミロイドβに対する抗体医薬が医療現場に登場したことが話題になった。

 40Hzの光はかなりチカチカし、音はブザー音のようであまり快適ではない。また60デシベルは洗濯機やテレビ、トイレの水洗と同じ音量なのでそれなりにうるさい。しかし、高い医薬品ではなく何の変哲も無い光と音の刺激で脳内からアミロイドβの排出が促進されるというのだから世間の関心も高くさまざまなメディアでも取り上げられたので解説文を目にした読者の方も多いのではないだろうか。まだ動物実験の段階だろうと思ったら、すでに光/音の刺激装置も開発され、日本の製薬企業も実用化に動いているというのだから、認知症リスク世代に入った身としてはちょっとワクワク、ドキドキするような話である。

 さて、この研究は一見睡眠とは無関係なようだが、実はマサチューセッツ工科大学の研究者らが40Hzの刺激によるアミロイドβの排出に関わっていることを見いだしたシステムというのが、睡眠とも深い関係があるグリンパティックシステムなのである。第61回「脳の掃除は夜勤体制」でも詳しく取り上げたが、グリンパティックとはこのシステムを発見した米国ロチェスター大学の研究者らによる「グリア細胞」と「リンパ系」を合わせた造語である。

 グリア細胞は脳内で神経細胞の立体構造を維持したり、脳内に有害物質が入り込まないように防御(血液脳関門)するなど脳内環境を整えたり、神経細胞の代謝をサポートするなどの機能を持つ細胞である。一方のリンパ系は、細胞などから出た老廃物を細胞外液(体液、リンパ液)に乗せて排出するシステムのことである。

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