<隠れた名盤>神野美伽『泣き上手』ベテランならではの思慮深い歌唱

 デビューから36年で通算59作目となるシングルは、1曲目と2曲目が作詞:松井五郎、作曲:都志見隆、編曲:萩田光雄、3曲目が作詞:松井五郎、作曲・編曲:後藤次利という、80年代に多数のヒット曲を手がけてきた布陣なので、昭和歌謡ファンには耳馴染みの良い仕上がりとなっている。

 表題曲は、昭和の香り漂う屋台が舞台の歌謡曲。甲斐性なしの男と暮らす点は、70年代の内藤やす子が歌っていたような状況にも通じるものがあるが、ここでは覚悟を決めた懐の深い女性を、神野が穏やかな歌声で表現している。きっと当て書きなのだろう。

 『こころに灯す火があれば』は、弦楽器の編曲が美しいミディアム調のポップス。「どんな時でも ひとりじゃない」と、往年の弘田三枝子を想起させるほどの豪快な歌い方は、2020年だからこそ大きな意味を持つように感じた。

 そして『どうしてますか』は、しっとりとしたピアノ演奏に後半からベースが絡んでくるというジャジーなバラード。別れてもなお忘れえぬ想いを、ここでの神野は繊細に呟くように歌う。松井が描く狂おしい恋心を、あえて声量を抑えて歌うことで、平時は隠しているが真夜中に本心が露わになるといった状況を想像してしまう。これぞプロの歌い手とプロの作家だからこそなせる演出だろう。

 ベテランならではの思慮深い歌唱は、演歌を敬遠しがちな人にもおススメ。本作を聴けば、生身の人間にできることを、より深く考えるようになるはず。

(キング・1364円+税)=臼井孝

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