南極行くので会社辞めます  隊員仲間は地元の同級生 ぼちぼち南極(8)

 南極観測隊はさまざまな会社や組織の人が参加するプロ集団だ。大学や研究機関の研究者はもちろん、気象庁や国土交通省といった行政の職員、企業からの派遣が多い。高校教員や大学院生といった同行者もいる。その中には「公募」という枠組みもあって、会社を辞めて参加した隊員もいる。小学校からの同級生の誘いが縁となった隊員も。公募で南極に来た人たちの話を紹介したい。(気象予報士、共同通信=川村敦)

第61次南極観測隊の佐藤丞さん(右)と小原徳昭さん=2019年12月、南極観測船「しらせ」船上(共同)

 ▽後悔、残したままにしたくない

 「もう一度、南極に行きたい」。2018年9月、出張先のビジネスホテルの部屋で仕事をしていた夜に、ふっとそんな思いがよぎった。現在、昭和基地で活動中の第61次観測隊員佐藤貴一=さとう・たかかず=さん(42)は2回目の観測隊参加だ。

 前回の経験は楽しい思い出だった。が、心には後悔も残っていた。気付けば、国立極地研究所のウェブサイトに掲示された隊員公募のページを見ていた。

 初めて参加したのは12~14年。第54次隊員として、発電機制御を担当し、越冬を経験。明治時代に南極を探検した軍人、白瀬矗=しらせ・のぶ=と同じ秋田県出身だったことも影響してか「死ぬまでに一度、地球のはじっこに行ってみたかった」と振り返る

 当時は、産業用機械の制御を担うエンジニアとして金沢市の企業に勤務していた。仕事の現場で一緒になった他社の人が経験者で、隊員に公募という仕組みがあることを知る。会社に相談したところ、休職して参加することを許してくれた。

 安全を守るため、仲間に「何やってんだ」「やめろ」と声を荒らげてしまったことが引っ掛かっていた。「強く言いすぎた、なんであんなこと言っちゃったのか。次に行くときは…」という思いが、帰国してからもずっとくすぶっていた。

 貴一さんには妻と子2人の家族がいる。「応募しなかったら後悔する。後悔したまま生きたくない」。考え抜いた末に妻に相談。「いくつになっても挑戦する姿勢を子どもに示すのもいいんじゃない」と後押ししてもらえた。ところが、会社は「許可しない」。結局、退職して応募する道を選んだ。

南極観測隊の環境保全担当として越冬する佐藤貴一さん=2019年12月、昭和基地(共同)

 第61次隊では、環境保全として基地で出た廃棄物の処理と持ち帰りを担当し、越冬する。「花はない仕事だが、それより南極へ行きたい気持ちが上回っていた。仕事を辞めたのが本当に良かったのか、とは思っている。しかし、来たからには観測隊のいろんな人から刺激を受けて帰りたい」

 ▽同級生の誘いでその気に

 「この年になると、『あと何年職場にいて…』と先が見えてくる。今は健康だが、来年はどうか分からない。今やらないと夢で終わってしまうという思いがあった」。こう話すのは、越冬でオーロラなどを観測する機器の保守や運用を担当する佐藤丞=さとう・じょう=さん(55)だ。  実は、今回で4回目の観測隊参加となるベテランの小原徳昭=おばら・のりあき=さん(55)と同じ盛岡市出身。小学校、中学校、高校と同級生だった。2人は南極観測船「しらせ」でも同室だった。参加のきっかけは小原さんの誘いだという。

 小原さんは大学などの研究や観測支援を自営業で行っている。今回は推薦という形での参加だ。

 丞さんは語る。「ことあるごとに『おまえは適性がある。応募しないか』と言われて。四半世紀言われ続け、その気になってしまった。南極に行って仕事をするのは一生の思い出になる。冥土の土産になるはずだ」

 誘った張本人の小原さんは「丞さんは忍耐強く、勤勉。でも人当たりは柔らかく、堅苦しくない。こういう人がいるといいな、とは思っていた。ただ、最初は半分本気で半分冗談だった」と苦笑する。

 丞さんはこれまで、主に事務職の仕事をしてきた。隊員に応募する際は、庶務担当を検討したが、公募がなかったため、畑違いとなる観測機器の保守、運用担当を希望することに決めた。

 そして合格するために、何をアピールするか考えた。職場でサーバーの管理をやっていたこと、中学校の技術家庭科の教員免許を持っていること…。その相談に乗って一緒に作戦を練った小原さんは「合格を聞いたときは感動だった。泣けてきた」と話す。

 丞さんも、長年勤めた「岩手県市町村職員共済組合」(盛岡市)を退職して参加している。職場には休職して南極に行ってもいい、と言ってもらえたが、不在の間はパートタイマーなど有期契約の職員が丞さんの分の仕事を担うことになる。

 「自分が戻ってきたら、その人は辞めないといけない。申し訳ないという気持ちもあって退職を選んだ」。日本を離れるのは21年3月まで。戻ってきてからのことは、これから考える。

 丞さんにとっては還暦に近い年齢で新しい環境に飛び込むことになる。「不安はある。なかなか経験できない環境下の仕事で、そこはがんばって行きたい」。昭和基地へ向かうしらせの船上からは、クジラや氷山も見ることができた。周囲を見回してみても雪と氷だけの大陸に立つこともできた。

 得がたい経験ができていることに「日々幸せだ。今回はよくぞ俺、決断したよと。人生で一番自己肯定感が上がっている。気心の知れた同級生がいるのもありがたい限りだ」。柔和な表情に、充実感がにじんでいた。

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