検事長勤務延長、やはり無理筋 特別職の裁判官に準じた身分、法解釈変更も後付けか

By 竹田昌弘

 検察官について定めた検察庁法ではなく、国家公務員法の規定に基づき、定年の63歳となった後も、黒川弘務東京高検検事長の勤務を延長した1月31日の閣議決定。安倍晋三首相は2月13日の衆院本会議で、定年に関する国家公務員法の規定は検察官に「適用されない」としてきた従来の法解釈を変更したとの見解を表明した。法解釈変更による検察官初の勤務延長に問題はないのか。検察庁法と国家公務員法の制定、改正の経緯をたどり、憲法や人事院規則も手掛かりにしながら検証してみると、やはり無理筋と言わざるを得ないようだ。(共同通信編集委員=竹田昌弘)

衆院本会議に臨む安倍晋三首相。答弁で黒川弘務東京高検検事長に国家公務員法の勤務延長を適用するに当たり、法解釈を変更したとの見解を示した=2月13日

■検察官、裁判官に準じた地位や保障

 検察庁法は国家公務員法より先に、最後の帝国議会(第92回、1946年12月~47年3月)で成立した。戦前は裁判所構成法により、検事が裁判所に置かれた検事局の職員として、広い意味の司法に属する検察事務をしていたが、戦後の新憲法は司法権の独立を明瞭にしていることから、狭い意味の司法を行う裁判所と検事局(検察庁と改称)は別個独立のものとされた。裁判所構成法に代わって、裁判所法と検察庁法が必要となり、検察庁法では、新憲法で裁判所の地位が向上することから、検察庁の地位も向上させ、検事総長や次長検事、検事長は天皇の認証を受ける「特別の官」とした。また裁判官に準じて、検察官の身分も保障し、職務遂行の公正を担保した(47年3月19日の衆院裁判所法案委員会、北浦圭太郎司法政務次官の法案説明)。 

 ただ定年(退官年齢)は、検察官が検察庁法22条で「検事総長は、年齢が六十五年(65歳)に達した時に、その他の検察官(次長検事、検事長、検事、副検事)は年齢が六十三年(63歳)に達した時に退官する」と規定されたのに対し、同帝国議会で成立した裁判所法では、最高裁長官を含む最高裁の裁判官と簡裁の裁判官は70歳、それ以外の裁判官は65歳でそれぞれ退官すると定められた。 

木村篤太郎司法相=1974年撮影

 最高裁長官と検事総長、裁判官と検察官の定年がそれぞれ異なる理由について、木村篤太郎司法相らは同帝国議会で、▽検察官は裁判官よりも積極的に活動することが必要で、裁判官ほど高い定年を設けるのは適当ではない、▽他の行政官とのバランス、▽戦前に比べて地位が非常に高くなった最高裁の長官は、国民の極めて厚い信頼を得なければならず、そういう人を得るのはなかなか容易なことではないので、定年はさらに高く-などの点を考慮したと答えている(47年3月28日の貴族院検察庁法案特別委員会)。 

 当時、国家公務員にはまだ定年制がなく、検察官に退官年齢が定められたのは「手厚い身分保障を受けていることの結果としての検察全体の老化を防ぎ、少壮者に就任の機会を与えるためと考えられてきた」と解説されている(故伊藤栄樹元検事総長の著書「新版 検察庁法逐条解説」)。検察庁法の規定や立法経過からは、検察官が定年を超えて勤務することは想定されていないように見える。

■国家公務員法より検察庁法が優先と確認

 一方の国家公務員法は第1回国会(47年5~12月)で成立した。同法により、裁判官は特別職、検察官は一般職の国家公務員と位置付けられたが、既に検察庁法で検察官の任命資格、定年、身分保障などが規定されていたことから、国家公務員法の付則13条には、一般職でも「その職務と責任の特殊性に基づいて、この法律の特例を要する場合においては、別に法律または人事院規則をもって、これを規定することができる」と定められた。 

 これを受けて、検察庁法も49年に改正され、15条(検事総長や次長検事、検事長の任免など)や18条(検察官の任命資格)、22条(定年)などは検察官の職務と責任の特殊性に基づいて、国家公務員法の特例を定めたものとするという32条の2が加わった。検察官の身分については、国家公務員法より検察庁法が優先されることが両法で確認され、この段階では、検察官に国家公務員法を適用することは全く想定外だったとみられる。 

 国家公務員法に定年制が盛り込まれなかったのは、国家公務員として20年以上勤務し、非行などもなく、役所から勧奨を受けて退職した人は、退職金の割り増しを受けることができたため、慣例として、多くの職員がおおむね57~58歳で退職金の割り増しを受けて勧奨退職し、管理職以上の職員はこれより早い年齢で退職していたからという。しかし、民間企業の多くが定年制を採用(64年時点で従業員千人以上の企業では97・7%)し、その延長も検討が始まった。さらに終戦直後に大量採用され、高齢化した国家公務員への対応を迫られたことなどから、81年成立の改正国家公務員法(施行は85年)で、定年制が導入された(国会図書館調査および立法考査局「国家公務員の定年引き上げをめぐる議論」)。検察官には、こうした事情はなく、47年から定年制が実施されていた。 

 定年制を加えた改正国家公務員法81条の2の1項では、法律に別段の定めのある場合を除き、定年に達したときは、その年度末(3月31日)または任命権者があらかじめ指定する日のいずれか早い日(定年退職日)に退職するとされ、定年は同2項により、60歳と定められた。81条の3で、今回黒川氏に適用された、定年後も勤務を延長できる規定が盛り込まれた。 

 改正国家公務員法の国会審議では、人事院の斧誠之助任用局長が「検察官と大学教官につきましては、現在既に定年が定められております。今回の法案(国家公務員法改正案)では、別に法律で定められておる者を除き、こういうことになっておりますので、今回の定年制は(検察官と大学教官には)適用されないことになっております」と答弁している(81年4月28日の衆院内閣委員会)。国家公務員法が制定されたときのように、検察庁法も改正して調整を図っていないのは、検察官に年度末での退官や勤務延長などを導入する必要がないと判断されたからだろう。 

■人事院局長が答弁修正、首相見解に合わせる

 ここで黒川氏の勤務が延長された事情を振り返る(拙稿「検事長に求められるものは?」参照)。検察関係者によると、検事総長はおおむね2年が任期で、現職が自分の退任時期と後任の検事総長を最終的に決めるのが慣例となっていた。法務省は昨年11月、今年7月で在任2年となる稲田伸夫検事総長の意向を踏まえ、2月8日に定年の63歳を迎える黒川氏を1月に退官させ、稲田氏が後任と考えている林真琴名古屋高検検事長を東京高検検事長に充てるなどの人事案を首相官邸に伝えた。

 ところが、官邸は人事案を了承せず、法務省の秘書課長や官房長、法務事務次官などとして、与野党や他省庁との調整役を長く務めた黒川氏を検事総長として処遇するよう求めた。検察庁法15条により、検事総長や検事長の任免権は内閣にあることを尊重し、法務省は黒川氏が定年後も東京高検検事長として残り、稲田氏の後任候補となるよう、国家公務員法の勤務延長を適用する枠組みを考えたようだ。

答弁のため挙手する森雅子法相=2月20日、衆院予算委員会

 ただ森雅子法相は2月10日の衆院予算委員会などで、検察庁法に検察官の特例として定められているのは定年の年齢と退官時期であり、検察庁法に規定のない勤務延長は国家公務員法が適用されると説明していたので、法務省は81年の斧局長答弁を知らなかったとみられる。

 同日の衆院予算委員会で、山尾志桜里議員(立憲民主党)が斧局長答弁と矛盾すると指摘し、同12日の衆院予算委員会では、人事院の松尾恵美子給与局長も「現在まで特に(検察官の定年を巡る)議論はなく、同じ解釈が続いている」と答弁した。政府はまずいと考えて枠組みを改めたのか、翌13日に安倍首相が衆院本会議で、法解釈を変更したとの見解を表明。松尾氏は同19日の衆院予算委員会で、首相の見解に合わせるように、12日の答弁の「現在まで」としていた部分を「1月22日に法務省から相談があるまでは」と修正すると述べた。12日は「つい言い間違えた」と釈明した。

2月12日の答弁を修正した人事院の松尾恵美子給与局長=2月19日、衆院予算委員会

 一方、森法相は法解釈変更について、法務省は内閣法制局と1月17~21日、人事院とは同22~24日に協議したと説明。政府は2月20日、衆院予算委員会の理事会に法解釈変更の経緯を示す法務省、内閣法制局、人事院の文書3通を提出したが、いずれの文書にも法解釈を「変更する」とか「見直す」といった言葉はなかった。法務省の文書には当初日付すらなく、法務省は翌日、日付を付記した上、法解釈変更は「口頭による決裁」と発表したが、「今まで駄目だったものを真反対に解釈変更する際、文書で決裁を取らないことは霞が関の歴史上、あり得ない」(元財務官僚の玉木雄一郎国民民主党代表)とまで言われた。黒川氏の勤務を延長する1月31日の閣議決定に先立ち、政府は法解釈変更を協議しておらず、後付けで主張した可能性が強まっている。

■勤務延長の規則にも該当せず、検察庁法改正が必要

 さらに黒川氏に国家公務員法の勤務延長を適用するには、他にも問題がある。勤務延長を定めた国家公務員法81条の3の1項は、次のように規定されている。 

 「任命権者は、定年に達した職員が前条第一項(81条の2の1項)の規定により退職すべきこととなる場合において、その職員の職務の特殊性またはその職員の職務の遂行上の特別の事情からみてその退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分な理由があるときは、同項の規定にかかわらず、その職員に係る定年退職日の翌日から起算して一年を超えない範囲内で期限を定め、その職員を当該職務に従事させるため引き続いて勤務させることができる」

  この条文では「前条第一項の規定により退職すべきこととなる場合において」として、勤務延長の対象を国家公務員法81条の2の1項で定年退職する人に限定している。検察庁法22条で定年を迎えた黒川氏は、適用の対象ではなく、国家公務員法81条の3の1項に基づく勤務延長はできないのではないか。 

 また勤務延長が認められる「その職員の職務の特殊性またはその職員の職務の遂行上の特別の事情からみてその退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分な理由」については、国家公務員法の定年に関する規定を受けた人事院規則11-8の第7条で、①職務が高度の専門的な知識、熟達した技能または豊富な経験を必要とするものであるため、後任を容易に得ることができないとき、②勤務環境その他の勤務条件に特殊性があるため、その職員の退職により生ずる欠員を容易に補充することができず、業務の遂行に重大な障害が生ずるとき、③業務の性質上、その職員の退職による担当者の交替が当該業務の継続的遂行に重大な障害を生ずるとき―と詳細に定められている。 

 組織で業務に当たる検察庁で、しかもナンバー2のポストである東京高検検事長の業務で、①~③に該当するようなケースが現実にあり得るだろうか。黒川氏は法務省に20年以上勤務し、検察庁での経験は少ない。法務省であればまだしも、検察庁で黒川氏でなければできない業務はなかなか思い浮かばず、勤務延長の必要性もうかがえない。 

 そもそも国権の最高機関である立法府の国会で、解釈も含めて審議して成立した法律を、政府が勝手に解釈を変更して適用するのは、三権分立や「法の支配」を無視した独裁政治ではないか。政府がどうしても黒川氏を定年後も残したければ、黒川氏の定年前に検事総長以外の検察官も退官年齢を65歳にするか、あるいは、検察官にも勤務延長制度を導入する検察庁法改正案を国会に提案し、成立させてもらうしかなかったのではないか。

2月19日の検察長官会同に出席した黒川弘務東京高検検事長。左は林真琴名古屋高検検事長=法務省

■適法な検事長ではないと提訴すれば、司法判断を得られるか

 これまで見てきたように、検察庁法の制定以来、検察官は裁判の当事者などとして司法権に関わることもあり、裁判官に準じる存在とされてきた。検事総長と次長検事、検事長は「特別の官」として、最高裁判事や高裁長官と同様、天皇の認証を受ける。裁判官の報酬等に関する法律と検察官の俸給等に関する法律によれば、こうした認証官になるまで、検察官の俸給は一般職の国家公務員よりかなり高い裁判官の報酬と同額となっている。検事正らは中央省庁の事務次官と変わらない俸給をもらい、認証官の検事総長は最高裁判事と、東京高検検事長は東京以外の高裁長官と同額の俸給となっている。 

 裁判官は憲法で「任期を十年とし、再任されることができる。ただし、法律の定める年齢に達した時には退官する」とされ、裁判所法に退官年齢が定められている。検察官の退官年齢を定めた検察庁法22条と同じように、退官後も勤務を延長できる規定はない。権限が大きく、身分保障も手厚い裁判官と検察官には、元々勤務延長など想定されておらず、公証人や弁護士に転じてきたのではないだろうか。 

 黒川氏の勤務延長には、これほど多くの問題が山積しているのに、安倍政権は黒川氏の勤務延長を続け、検事総長に昇格させるべく突き進むとみられる。これに対し、複数の弁護士によれば、東京拘置所での死刑執行や、東京高裁の控訴審判決後に保釈中の被告が逃亡した事件に関する情報公開(行政文書開示)は、東京高検検事長に請求する。「適法な検事長が存在せず、請求できない」として国家賠償訴訟などを起こせば、黒川氏の勤務延長が適法か違法か、裁判所の司法判断を求めることができるのではないかという。

 なお検察関係者によると、全国の高検検事長と地検検事正が集まった2月19日の検察長官会同では、ある検事正が黒川氏の勤務延長に言及し「検察は不偏不党でやってきた。政権との関係性に疑念の目が向けられている。このままでは検察への信頼が疑われる。国民にもっと丁寧に説明をした方がいい」といった発言をした。検察幹部やそのOBからは、黒川氏の勤務延長について「誰もが不可解と思っている」「検察の中立性が揺らぎ、組織として危機的な状況に陥る可能性がある」などの声が上がり、黒川氏に勇退を求める人もいる。(了)

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