米経済覆う暗雲、230兆円超の救済措置でも  豊かさの中で亀裂浮き彫り、救済からこぼれ落ちる人々

 2月には3・5%だった米国の失業率は、4月には14・7%へと一気にはね上がった。新型コロナウイルス感染の拡大抑制のため、3月下旬から各州が実施したロックダウンの結果だ。普段はお互いに聞く耳を持たない連邦議会の共和党と民主党が一致し、3月末には失業保険の拡充、個人向けの現金給付、小規模事業主向け貸付の3本柱を含む総額2兆2000億ドル(約236兆円)という史上最大規模の救済措置をスピード成立させた。

 しかし、あまりに急激な失業者増で、実際の失業保険給付は大きく遅れている。救済の手からこぼれ落ちる人々もいる。個人消費で支えられている米国経済の再開に暗い影を落としている。(ジャーナリスト=片瀬ケイ)

3月27日、米ワシントンで、経済対策法案を掲げる民主党のペロシ下院議長(中央)と共和党のマッカーシー下院院内総務(左)ら(AP=共同)

 ▽非正規、フリーランス、ギグ・ワーカー… 失業給付は大幅に拡充

 CARES法と略される「コロナウイルス支援・救済・経済安全保障法」は、ロックダウン下で仕事に行けず、自宅にとどまる国民の生活を支えるのが目的だ。

 同法では、失業給付拡充に約2600憶ドル(約28兆円)、当座資金としての個人向け現金給付で約3000憶ドル(約32兆円)、一時閉鎖を求められた小規模事業の持続化目的で、要件を満たせば返済不要となる貸付金に3500憶ドル(約38兆円)の財源が手当された。

 特に失業保険給付では画期的な拡充を図った。レストラン、ライブハウス、ホテル、娯楽施設などは、各州の行政命令で真っ先に閉じられた。こうしたサービス産業で働く人は、非正規社員やフリーランスが多い。また2008年の世界同時不況後、単発でさまざまな仕事を請け負うギグ・ワーカーも増大した。

 従来は対象とならなかったフリーランスやギグ・ワーカーも、特例としてはじめて失業給付対象に含め、さらには連邦財源で、従来の失業給付金に上乗せする特別給付を追加した。

 米国では連邦の基準を基に各州が失業保険制度を運用している。一般的な支給額は週当たり賃金の5割程度で26週間が上限。ただし、支給の最低額や上限があったり、給付期間を短くしていたりと州によってさまざまだ。

閑散とする米ニューヨークの繁華街タイムズスクエア=3月29日(ゲッティ=共同)

 ▽週に6・4万円の追加給付も

 一時的に大量の失業者が出ることを想定した連邦議会は、失業者の生活安定を図るため、通常の失業給付額に加え、7月末までは連邦政府の財源で前職の賃金に関係なく一律週当たり600ドル(約6・4万円)の追加給付をCARES法に盛り込んだ。

 追加給付額の根拠は、全米の平均的な所得の労働者が失業後、同等の収入を維持するために、平均的な失業保険給付額(週当たり340ドル)にいくら足せばよいかという計算を基にしている。

 あくまで推計なので、州によっては追加給付をもらっても以前の収入より下がる人はいる。しかし例えば連邦の最低賃金である時給で7・25ドル(約775円)の人は、40時間働いても週当たりの収入は290ドル(約3・1万円)。7月末までの時限措置とはいえ、低賃金で働いていた人は、今回の追加給付をもらうことで逆に大幅に収入が増える計算だ。

 新型コロナの脅威が十分判明していなかった3月時点で、個人への現金給付に加え、これだけ手厚い失業対策をしていた。連邦議会も政府も、7月までに大部分のところで経済を再開できれば、V字回復も可能だと見込んでいたからだろう。

メキシコから米国に歩いて渡ったグアテマラ人の家族=2019年、米テキサス州(ロイター=共同)

 ▽セーフティーネットもない移民たち

 ところが、実際の給付はシステムの不具合などで大幅に遅れた。政府の救済策といっても、米国の場合、支給に1カ月も2カ月もかかっては、そこまで持たないという人が大多数だ。経済が好調だった2018年の連邦準備制度の調査でさえ、米国人の4割は400ドル(約4・3万円)の臨時支出に対応できないという結果だった。また米国の医療保険は皆保険ではなく、雇用先を通して提供される場合が多いので、失業とともに医療保険も失ってしまう。

 一方、食料品や日用雑貨スーパー、配達、清掃などに従事する人は、ロックダウン下でも働き続けている。しかし職を確保できても、安全な自宅から仕事をするという選択肢はない。新型コロナ感染に不安を感じ、自らの意思で仕事を辞めた場合には、特別給付で所得アップになるはずの失業保険の受給資格はない。もちろん、国内に1100万人以上いると推計される不法移民には、何のセーフティーネットもない。

営業自粛措置に抗議する集会の参加者ら=4月20日、米ノースダコタ州(AP=共同)

 ▽経済活動再開は〝見切り発車〟

 米国全体でみると新型コロナ感染の拡大は続いている。それでも、コロナ対策の莫大な費用負担とロックダウンによる税収の激減を前に、ほとんどの州は経済活動再開に踏み切らざるを得ない状況だ。

 筆者の住むテキサス州でも、入店者数を制限し、ソーシャル・ディスタンス対応をとる条件のもとに、レストランや美容院、一般の小売店も再開することになった。しかし以前の賃金より多い失業給付をもらっている人が、果たして仕事に戻ってくるかという懸念を抱く経営者もいる。

 またある高級ステーキハウスでは、一時解雇していたサーバーに復職指示をしたが、店の方針でサーバーはマスク着用不可だという。失業保険の受給者はオファーされた仕事を断れば、給付を失うことになる。仕事に戻っても安全だという保証は誰もしてくれない。それでも収入がなければ、生活は成り立たない。

 コロナ禍は、ほんの数か月前までの豊かな米国経済の影に隠されてきたまざまな亀裂を浮かび上がらせた。ワクチンができても、これらの亀裂を修復していかない限り、禍は社会に残るのではないだろうか。

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