コロナ禍で終焉を迎える安倍政権の先に 国民生活をいかに守るか、正念場の立憲野党

鼻から顎を覆う大型の布マスクを着けて、首相官邸に入る安倍首相=8月3日午前

 ダイヤモンド・プリンセス号におけるコロナウイルス感染対応の失敗が世界的な注目を集め、「アベはどこだ?」と首相のリーダーシップの不在を海外メディアが問うたのは、2月末のことだった。

 その後、安倍晋三首相は、全国一斉休校やアベノマスクの配布、そして緊急事態宣言の発令などに際して記者会見を開き、存在感を示そうと躍起になった。5月25日に緊急事態宣言を全面解除すると、「日本ならではのやり方で、わずか1カ月半で流行をほぼ収束させることができた。日本モデルの力を示した」と胸を張った。しかしその後、通常国会閉会を受けて6月18日に記者会見を開いたのを最後に、再び、国民の前から姿を消した。(上智大学教授=中野晃一)

 ▽安倍政権の8年半とは何だったのか

 「愛国者」を自称する安倍は、なぜ、これほどまでに国民生活を脅かすコロナ禍や災害などに興味、関心がないのだろうか。

 「日本を、取り戻す。」と訴え、8年半前に政権復帰した安倍が実際になした政策転換の内実を精査すると、まず安全保障や経済における対米追随路線の推進が挙げられる。

安倍首相(左)とトランプ大統領=2019年9月、米ニューヨーク(共同)

 さらに、アメリカの許容する範囲で歴史認識を含めた「戦後レジーム」の修正を行い、特権的な世襲政治家とその「お友だち」による国内支配の貫徹を目指すという実態が浮かび上がる。そうした政権のあり方は2017年ごろから限界を示し、コロナ禍で完全に行き詰まったのである。

 安倍とオバマの個人的な関係はともかく、日米政策関係者の「蜜月」はオバマ政権期に絶頂を迎えた。

 日本版NSC(国家安全保障会議)の創設、特定秘密保護法、辺野古新基地建設、集団的自衛権の行使容認、武器「爆買い」などと、安倍は、日本の国内世論の強い反対を蹴散らかし、自衛隊と米軍の一体化(実際には、自衛隊が米軍の傘下に統合されることにほかならない)を推し進めた。

 安保法制を強行した次のステップとして日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)締結を望むアメリカの意をくんで、慰安婦問題の日韓政府合意を交わしたほどまでに、米国追随を優先させたのである。

 ところが2017年トランプが大統領に就任すると、いくら安倍が個人的にこびへつらっても、同盟軽視の無理難題を押し付けられるだけだった。今や再選戦略しか頭にないトランプには、コロナ禍とあいまって不用意に近寄ることさえできない。

 ▽世紀の愚策

 「アベノミクス」「三本の矢」とメディアや財界を浮かれさせることで始まった安倍の経済政策も、結局は、ついぞ訪れないトリクルダウン(大企業や富裕層が潤えば富が全体に行き渡るとする理論)と寡頭支配がもたらす格差と腐敗と荒廃で記憶されるようになるだろう。

学校法人「加計学園」が運営する岡山理科大獣医学部=2018年10月、愛媛県今治市

 象徴的なのは、「第三の矢」たる成長戦略に位置づけられた国家戦略特別区域が、加計学園問題を生んだことである。

 政権末期に唯一残った成長戦略の目玉であるカジノ解禁でもまた汚職の一端が明らかになり、政権はトカゲの尻尾切りに追われた。カジノがアジアの富裕層をターゲットとしたインバウンド観光の需要喚起に一役買う筋書きだった以上に、東京オリンピックの開催はアベノミクスに欠かせなかった。

 コロナ感染対策からすると「世紀の愚策」と名を残すだろう「GoToトラベル」キャンペーンに政権があくまで固執するのは、観光関連業界を要とした成長戦略が瀕死(ひんし)の状態にある焦りを示している。

 もともと2017年の森友学園・加計学園問題が発覚した頃から、安倍政権は漂流を始めていた。

 首相夫妻による公権力の私物化という政治案件が、虚偽答弁や公文書改ざんなどの隠ぺい工作に国家官僚制が組織的に関与する複合的で深刻な問題にさらに膨れ上がっていった。

「Go To トラベル」の割引対象から東京都発着の除外を伝える東京・渋谷の大型ビジョン=7月16日

 加えて、自衛隊日報問題や桜を見る会問題、河井克行前法相夫妻による買収問題、検察幹部定年延長問題など次々と重大な政治問題が表面化し、安倍は政権にしがみつくのが精いっぱいになっていったのである。

 それがコロナ禍によって、「得意」とされてきた外交安全保障政策は全方位で行き詰まり、緊急事態宣言を悪用できないほどまでに深刻な経済危機に見舞われてしまった。ゲームセットは時間の問題となった。

 ▽「立憲野党」再生の条件

 それでも安倍がこれまで歴史的な長期政権を存続できたのは、野党の分断と弱体化に負うところが大きい。今なお自民党は、その別動隊ともいえる日本維新の会や小池百合子などの「改革保守」との連携をてこに、ポスト安倍の政権存続を思い描いているだろう。

 自民党とその補完勢力による支配に対するオルタナティブ(代替)として、立憲主義や法の支配に則る立憲野党の再生の可能性は、立憲民主党と国民民主党の合流の成否に矮小(わいしょう)化されるような問題ではない。

立憲民主党の枝野代表(左奥)と国民民主党の玉木代表(手前右)=2月28日

 仮に両党が合流に成功したところで、関係者が「一致している」と胸を張る理念や政策が有権者に届いていないようでは、さらに社民党や共産党なども含めたより大きな立憲野党の共闘を国民に選択肢として提示することは到底おぼつかない。

 野党結集が55年体制崩壊以後の長い課題であることから野党関係者には自明かもしれず、また新奇なキャッチフレーズを打ち出さないと耳目を集めることはできないという発想からは無駄に思えるのかもしれない。それでも自民党に対抗する政治勢力が一貫していかなる理念をよりどころにしてきたかを確認することは必要だろう。

 それは「生活」と「公共」である。もっと言うと、「生活を支える、新しい公共」のあり方の模索である。

 もともとこれらの理念は、自民党政権が、組織的なバラマキ型の「政官業の癒着」を体現していた時代に、生活者視点からの改革を提起し、新しい開かれた公共性のあり方を追求するものとして現れた。

 その後、小泉政権や2度にわたる安倍長期政権下で「政官業の癒着」が私的なピンポイント型に変容した側面はあるとは言え、立憲野党が国会や選挙で政権に対峙(たいじ)、追及し、国民に訴えてきたことの重要性に変わりはない。

記者団の取材に応じる安倍首相=7月31日、首相官邸

 ▽要となる「新しい公共」

 以前と異なる点があるとすれば、それは新自由主義との決別だろう。1990年代の「生活者」概念は平成維新の会で影響力を振るった大前研一に見られたように、公共サービスの「消費者」的な要素を強調するものであった。

 しかし2000年代前半の小泉政権において自民党が、弱者や地方を切り捨てる新自由主義政策へと転換すると同時に、民由合併を果たした民主党は「国民の生活が第一。」路線へとかじを切った。自民党が代表する「既得権益」や「政官業の癒着」のあり方が変われば、それに合わせて守るべき「生活」の理解が変わるのは当然である。

 今、コロナ禍で底が抜けつつある国民生活をいかにして下支えするのか。財界や業界の支援しか頭にない安倍政権に対して、単なる消費税論議を超えた政策の深まりと幅が期待される。

 安倍政権のなりふり構わない対米追随路線と国家の私物化はまた、立憲野党による「開かれた新しい公共」の再構築への取り組みを極めて重要なものとした。

 ここで言う公共は、むろん、立憲主義や法の支配など安倍政権がないがしろにした国家の原理原則の回復を含むが、同時に、新自由主義改革によってズタズタにされた保健所などの公共部門や公正さを失った公務員制度の建て直しのことをも意味する。

 さらには、これまで十分とは言えず後面に退いていた感のある「ジェンダー平等」や、将来世代のために現役世代に温暖化対策などに取り組むよう迫る「気候正義」、そしてデモや集会などを通じて政治に働きかける「参加民主主義」の視点もまた、真に「新しい公共」を構想するには欠かせない。

検察庁法改正案に反対し、国会前で抗議のプラカードをかかげる人=5月15日

 民主党政権の崩壊後、これらの議論にまだ臆病なようでは立憲野党の再生はまだまだ道遠いと言わざるを得ない。

 民主制と比較した時の独裁制の弱点として、政権の危機が直ちに国家の危機に直結してしまう、ということが挙げられる。いくら安倍政権の下で独裁化傾向が進んだからといって、現政権の危機がそのまま日本の危機であっていいはずがない。

 安倍が残す廃墟のような光景に「生活を支える、新しい公共」を提示できるか。広く大きな立憲野党と市民の共闘にとって正念場が近づいている。

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