履歴書の性別欄は必要か なくす、任意、企業も工夫

 履歴書に当たり前のようにある「性別欄」は本当に必要か。そんな問い掛けが広がっている。性別が採用の判断に影響する可能性がある他、出生時に割り当てられた性別とは異なる性を自認するトランスジェンダーの人たちが就職活動をする上での障壁になりかねないからだ。企業は欄そのものをなくしたり、任意回答にしたりと工夫を始めている。(共同通信=岩原奈穂)

ユニリーバ・ジャパンが提供する性別・写真欄のない履歴書(手前)と性別・写真欄のある履歴書(奥)

 ▽在り方に苦しみ

 「男女どちらにも丸を付けられない自分の在り方に苦しくなることが多い。仕事に性別は関係ないはずなのに」。宮城県女川町の団体職員堀みのりさん(31)は、履歴書の性別欄削除を求めるインターネット署名に参加した一人だ。戸籍上は女性だが「男女どちらでもない」と感じており、自身はトランスジェンダーと自認する。中学生のころから制服のセーラー服が苦痛だった。

 大学時代、アルバイト応募の履歴書の性別は丸を付けず、聞かれた時は「男性として働きたい」と説明した。不合格は10社に上った。面接を受けに行くと、客がいる前で「おまえは女、女は採用しない」と言われたこともあった。

 目指していた教員の採用試験では教育委員会の指示通りに「女性」に印を付けた。面接にはネクタイ姿で挑み、結果は不合格。大学での就職ガイダンスでも、最初に受けた適職診断やアンケートなどあらゆる書類で性別を問われた。当時は自身の性の在り方に悩み、周囲に明かしてもいなかった。履歴書に加えて性別が明確に分かるスーツの着用も苦しく、正社員での就職は諦めた。「自分だけ性別がネックになって先に進めなかった」

 今年、病院の委託清掃のアルバイトに応募した際にも、電話で性別を聞かれ、男性として生活していると事情を説明すると「そういうのはちょっと」ときつい口調で断られた。

 署名は1万筆を超えた上、声を上げる当事者も増えて心強さを感じる。今は性別に 関係なく、自身のスキルを発揮できる職場で働く。「私たちの力を性別で判断せずに、まずは働いているところを見てほしい。多くの人がやりたいことに挑戦し、自分の力を発揮できるような職場が増えるといいと思う」と考えている。

 ▽差別防止

 当事者と一緒に署名活動をするNPO法人「POSSE」の佐藤学さんは「性別欄をなくせば採用時の差別防止にもつながる」と話す。米国では性別による雇用差別は禁止されており、採用の際に聞くことはできないという。

性別欄の削除を求めるインターネット署名を手渡すNPO法人「POSSE」の佐藤学さん(中央)ら=6月、経産省(NPO法人POSSE提供)

 署名活動をする中では、性的少数者本人から面接に行った際に、外見と履歴書の性別が異なると指摘されて次の選考に進めなかったという相談もあった。佐藤さんは「面接で自身の性の在り方を打ち明けるよう強いられたらどうしようと不安に思う性的少数者は少なくない。トランスジェンダーだと明らかにした結果、内定が得られないケースもある」と指摘する。

 履歴書を作る各文具メーカーがこれまで参考にしてきたのが日本規格協会の様式例だった。そのため、佐藤さんらは協会や経済産業省に1万筆超の署名を提出。これを受けて、協会は様式例を廃止した。大手のコクヨは様式例の廃止を契機に検討を進め、性別欄のない履歴書の販売を始めた。

コクヨが発売する性別欄のない履歴書

 ▽当たり前を疑う

 採用する側の企業も対応に乗り出す。ユニリーバ・ジャパンはウェブ上の応募フォームから性別欄や顔写真をなくし、名前は姓のみの記入とした。性別で選考が偏るのを防ぐためだ。同社が採用の書類審査をする会社員や経営者424人を対象にした調査では、26・6%が「採用で男性と女性が平等に扱われていないと思う」と回答していた。

 同社の担当者は「履歴書のフォーマットからこれまであったものを取り除いたことで、当たり前を疑うきっかけができた」と手応えを語る。採用の業務にも支障はなかった。

 トヨタ自動車も多様性尊重のため、履歴書の性別欄をなくした。2022年卒業予定の新卒採用では、ウェブ上での応募フォームでも性別回答を任意にする。

▽採用のバランス

 ただ、性別情報を必要とする側面もある。キリンホールディングスは今春入社の新卒採用から任意とした。性的少数者も含めた多様な人を受け入れたいという考えからだ。一方で廃止しなかったのは女性活躍推進を掲げる中でバランスよく採用するため。採用時の男女比率を外部から聞かれる機会も多いという。

 性的少数者を支援する「LGBT法連合会」には、削除を歓迎する声とともに「男女別の競争倍率が算出できなくなれば、女性が不利になっているかどうかチェックできない」との懸念も寄せられた。神谷悠一事務局長は「まずは本人の認識を尊重しない戸籍の性ではなく、性自認を聞くのが望ましい。どちらでもないという選択肢も必要だ」と指摘する。「性別情報の中には把握が必要なものもある。採用での必要性や尋ね方について有識者の意見も聞き、検討するべきではないか」と提案している。

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