正社員との待遇格差は解消するのか 非正規労働 最高裁判決を読み解く

 働き方が多様化する中、パートや派遣など非正規労働者は2千万人を超え、労働者の約4割を占める。一方、新型コロナウイルス禍では「雇用の調整弁」としての実態が改めて浮き彫りとなり、雇い止めや解雇が後を絶たない。昨年10月、正社員との待遇格差を巡る五つの事件で最高裁が出した判決では、格差を不合理とするかどうか判断が割れた。

 今年4月からは、労働者間の均等均衡待遇を要求する「同一労働同一賃金」が、中小企業にも適用される。一連の判決は非正規労働者の待遇にどのような影響を及ぼすのだろうか。労働問題に詳しい、中川亮弁護士に解説してもらった。

 ▽中高年にも広がる非正規雇用

 非正規労働者と正社員との間の待遇格差をめぐり、昨年10月13日と15日、最高裁判所が五つの判決を出しました。雇用先にちなんで大阪医科薬科大事件、メトロコマース事件、日本郵便(東京、大阪、佐賀の3)事件と呼ばれています。

 各社における非正規労働者と正社員との待遇差が、旧労働契約法20条が禁止する不合理な格差にあたるかどうかが争われたのです。(同条は現在、パートタイム・有期雇用労働法8条に引き継がれた)

 2019年の総務省「労働力調査」によると、同年の非正規雇用者数は2165万人で前年から45万人増え、全体の38・3%に上っています。若年層に限った問題ではなく、中高年など家計の中心を担う層にも非正規労働者が増えています。

 政府による働き方改革の一環として、大企業に昨年適用された「同一労働同一賃金」は今年4月より中小企業にも適用されます。正社員との待遇差はどこまで許されるのか。その基準となり得る最高裁の判断に、大きな注目が集まりました。

 ▽誤解しがちな同一労働同一賃金

 一連の判決では、退職金や賞与については不合理な格差とは認めなかった一方、扶養手当や年末年始勤務手当の支給、夏季・冬季休暇の付与に関する待遇差については不合理と断じました。

 事件や待遇ごとになぜ判断が割れたのでしょうか。

 同一労働同一賃金について規定したとされるパートタイム・有期雇用労働法8条の前身である旧労働契約法第20条を見てみましょう。

 ここでは、非正規労働者と正社員の労働条件(待遇)が相違する場合、それが不合理かどうかを判断するに当たり、①職務の内容(業務の内容と当該業務に伴う責任の程度)②職務の内容と配置の変更の範囲③その他の事情―を考慮するよう求めています。

 

 つまり、同一労働同一賃金といっても、客観的に同一の労働に従事している場合には一切の格差を認めず、そうでない限り待遇差が不合理=違法という考えには立っていないことを意味します。

 最高裁は2018年、今回と同様に待遇格差の妥当性が争われた訴訟(長沢運輸事件)で、個々の労働条件が定められた趣旨を個別に考慮すべきものと解するのが相当である、との判断枠組みを示しました。労働条件の趣旨や目的を個別に考慮する必要があると指摘した訳です。

 今回の各最高裁判決もこの枠組みに沿って判断がなされました。

 すなわち賃金が、仕事の内容だけではなく、労働者の年齢、能力、業績などの個別的要素、転勤や配転など人事異動の範囲、会社の経営判断などの事情を加味した上で決まることを踏まえ、「どこまでの格差が合理的なものとして許されるか」を一つ一つ検討した結果、判断が分かれたのです。

 ▽巻き起こった批判

 ところで、今回の最高裁判決で注目すべきは、賞与や退職金に関して労働条件の性質・目的を考慮する中で、正社員への手当を厚くして有能な人材を獲得するという、いわゆる「有為人材確保論」に基づく格差が認められた点です。

 賞与の格差が問題になった大阪医科薬科大事件、退職金の格差が問題になったメトロコマース事件では、「正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的」を認め、賞与や退職金の支給について正規・非正規労働者間に格差を設けることが不合理ではないと判断しました。

 しかし、この判断に批判の声が上がりました。

 競合他社と比較するならばまだしも、同じ組織の中で正社員と非正規労働者を比較して格差を設けることが、なぜ有為な人材の確保につながるのか不明確だ、企業側の主観的な意図に基づく日本的雇用慣行を肯定するものだ、といった意見です。

 メトロコマース事件の判決で、裁判長の林景一裁判官は、退職金制度の在り方について「社会経済情勢や使用者の経営状況の動向等にも左右される」と補足意見を述べています。長期間にわたって、その原資を積み立てるなどの必要があるためだと説明しています。しかし、これには、企業・使用者側の論理を重視し過ぎだとの声も出ています。

 何より、賞与や退職金といった中核的な労働条件において、最高裁が、格差を設けることに理解を示すかのような判断をしたことは、多様な労働形態の併存を目指し、今進められている働き方改革の趣旨にそぐわないとの批判です。

 しかし、繰り返しになりますが、各判決はあくまで個別の事例に対して固有の事情に基づいて判断をしたもので、賞与や退職金について差を設けても「一切不合理とは言えない」と認めたわけではありません。非正規労働者に賞与や退職金を支払わないことが「不合理=違法な格差」と判断される可能性は十分にあると考えられます。

 現に最高裁が非正規労働者に賞与や退職金を支払わないことが「不合理な格差に当たる場合がある」と言及していることは注目に値します。ちなみにパートタイム・有期雇用労働法8条は不合理な相違が禁止される待遇として賞与を明記しています。

 また、3件の日本郵便事件の判決によって、年末年始勤務手当、私傷病による有給の病気休暇の日数、夏季冬季休暇の日数、年始期間の勤務に対する祝日給、扶養手当などに関して、格差を設けることが違法になり得ると明確化した点は、重要です。待遇ごとの趣旨・目的に着目し、仕事内容が違うという単純な理由だけでは正規・非正規間に待遇差を設けることは許されないことを、各判例は明確にしています。

 ▽使用者側の説明義務

 メトロコマース事件の林景一、林道晴の両裁判官の補足意見は、労使交渉を経るなどして有期・無期契約労働者間の均衡のとれた処遇を図っていくことが、旧労働契約法20条やパートタイム・有期雇用労働法8条の理念に沿うものであると述べています。

 今回の各判決はパートタイム・有期雇用労働法のもとでの均等均衡待遇の判断の在り方に影響を与えるものですが、上記補足意見は新法下での使用者側と非正規労働者側による労働条件に関する話し合いの重要性を示唆するものです。パートタイム・有期雇用労働法では、待遇差がある場合、その内容や理由について、非正規労働者に対する使用者側の説明義務を定めています。

 今後、会社側にはこれまで以上に労働条件に関する労使協議への真摯(しんし)な対応が求められます。


中川亮(なかがわ・りょう) 1967年、福岡県生まれ。第二東京弁護士会所属。ソニー海外部門勤務や朝日新聞経済部記者を経て、2010年から弁護士。

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