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プロ野球20世紀・不屈の物語

最終戦でV逸、目の前でV9を許した阪神と池田純一を襲った悪夢/プロ野球20世紀・不屈の物語【1973年】

 

歴史は勝者のものだという。それはプロ野球も同様かもしれない。ただ我々は、そこに敗者がいて、その敗者たちの姿もまた、雄々しかったことを知っている。

緊張ガチガチで優勝を逃した阪神



 人の罵詈雑言というのは、つくづく厄介なものだ。強い攻撃性を持ちながら、昨今は“正義”の鎧をまとっているという。緊急事態によるストレスが原因ともいわれるが、それがエスカレートさせた面はあっても、平時から“批判”と称した罵詈雑言は飛び交っていたから、緊急事態のストレスというのは言い訳に過ぎないだろう。たいがい、悪口というものは(比喩的な意味も含めて)高くて安全なところからやってくる。発言者を特定することが難しい多数の中から飛んでくるのも特徴だ。

 多数派を形成して少数派を寄ってたかって攻撃するのも大好き。相手が弱者だったり、反撃されても届かない位置にいれば、ますます勢いづく。なんのことはない、いつも攻撃できる対象を血眼になって探していて、この緊急事態は渡りに船というだけなのだろう。自分の労力を惜しむためなら労力を惜しまず、小さな安心感のためなら他人を不幸にしても構わない。認める人が少ないだけで、そんな浅ましさは誰しもが抱えているものだ。その標的になるのも面倒だが、自分自身も、その醜さの虜となって加害者になるリスクを抱えていることには、よくよく心しておかなければなるまい。

 1973年のプロ野球でも、同じことが起きた。オイルショックで世の中が混乱していく時代でもあり、こうした不安が現象を加速させた面はあるのかもしれないが、だとしても、やはり言い訳に過ぎないだろう。セ・リーグでは巨人が不滅のV9を決めたシーズンだが、健闘したのはライバルの阪神。94年には巨人と中日が戦った最終戦同率優勝決定戦“10.8”が球史に強く刻み込まれたが、この73年も巨人と阪神が最終戦で優勝を争った。

 不滅の金字塔は、薄氷のリーグ優勝でもあったのだ。2位に終わった阪神とのゲーム差は、わずか0.5。もちろん、この最終戦で阪神が勝っていたら、「巨人のV9を阻んだライバルの阪神」という違った歴史になっていた。そんな10月22日の甲子園球場。エースの江夏豊がフロントから「勝たんでええ。優勝すればカネがかかる」と言われたともいい、チームの士気にも差があったことも確かだが、優勝を目前にした阪神ナインはガチガチの緊張状態。1点も奪えない一方で、巨人に大量9点を献上して、まさかの惨敗で優勝を逃した。

巨人の優勝が決まり、阪神ファンがグラウンドになだれ込んだ


 ただ、目の前での胴上げは“阻止”。3000人を超えるファンがグラウンドに乱入したのだ。完封で胴上げ投手となるべき高橋一三は試合が終わるや否やベンチへダッシュ。逃げ遅れた王貞治らV9戦士は襲撃され、歴史的なものとなる可能性もあった試合は、汚名として球史に刻み込まれてしまった。だが、ほんとうの悪夢は、まだ始まっていない。

蒸し返された悪夢


阪神・池田祥浩


 ファンの乱入もよろしくないが、あくまでも一過性のもの。悪夢は長い時間をかけて、1人の選手を苦しめることになる。わずか1勝で優勝を逃し、あろうことか最終戦で惨敗した屈辱を慰めたかったのかもしれない。ロックオンされたのは外野手の池田祥浩(池田純一)だった。8月5日の巨人戦(甲子園)の9回表、中堅を守っていた池田だったが、ライナーを追いかけて転倒、後逸したことで、阪神は逆転で敗れていた。これが“世紀の落球”として蒸し返される。

 この試合で敗戦投手となった江夏も「これまで池田には助けてもらってきた。まったく気にしない」と語り、そもそも落球ですらない。だが、これで格好の標的となってしまった池田は、誰かを攻撃しなければ気が済まない、あるいは何か言いがかりをつけて誰かを攻撃したい人たちによる“批判”、はっきり言えば、悪意にさらされ続けることになる。池田は78年いっぱいで引退したが、悪夢は終わらなかった。

 池田が救われたのは86年のことだったという。ワールド・シリーズで、レッドソックスのバックナーがトンネル。これでレッドソックスはサヨナラ負けを喫したのだが、バックナーは「これが自分の人生。これを糧に生きていく」とコメントした。それを聞いて「そういうふうに受け止めながら人生は生きていくんだ」と、胸がスッと楽になったという。 

文=犬企画マンホール 写真=BBM
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