トランプ大統領と平均的アメリカ人、受けられる新型ウイルス治療はどう違う? 

ヴィッキー・ベイカー、BBCニュース

動画説明, 新型ウイルスの「免疫があるのかも」、トランプ氏が回復アピール

「新型コロナウイルスを恐れるな。ウイルスに勝てる」

これがドナルド・トランプ米大統領が、新型コロナウイルスへの感染を心配するアメリカ国民に送った助言だ。

新型コロナウイルスに感染し、治療を受けていたトランプ大統領は5日、首都ワシントン近郊のウォルター・リード米軍医療センターから退院。動画で回復をアピールし、国民にメッセージを送った。

しかし多くの人がすでに指摘しているように、トランプ大統領は専用ヘリコプターを持ち、大規模な医療チームと試験段階の薬で治療を受けることができる人物だ。ホワイトハウスに住んでいないアメリカ人がCOVID-19にかかった時、状況はどれほど違うのだろうか。

多様性と複雑な保健システムを持つアメリカで「平均的なアメリカ人」をピンポイントで表すのは難しい。しかし、大統領が特別な治療を受けたときのいくつかの分野について、多くの国民がどのような経験をするのかを比べてみよう。

医師団と豪華なスイートルーム

Dr. Sean Conley speaking to the media outside of the Walter Reed National Military Medical Center

画像提供, Reuters

画像説明, トランプ大統領の病状について説明する医師団

アメリカの大統領はホワイトハウスに医療センターを持っているが、国家元首として、首都ワシントン近郊のウォルター・リード米軍医療センターにもアクセスが可能だ。

トランプ大統領は新型コロナウイルスへの感染が認められると、速やかにウォルター・リード米軍医療センターへ移動し、大統領専用室に3日間滞在した。これは軍高官や閣僚のために用意されている6室のうちの1つで、食堂や執務室、来客のためのソファなどが付いている。

動画説明, ホワイトハウスが破った4つのルール、なぜ感染が相次いでいるのか

ワシントンポストは3日付の記事で、「VIP向け治療は、アメリカの医療の特徴だ」と説明。「全国の大病院には、世間の目を逃れたい著名人や富豪向けのプライベートスペースがある。治療に満足したら多額の寄付をしてくれるかもしれない」と報じた。

一方アメリカ全土の集中治療室は、新型ウイルスのパンデミック中、何度も病床不足に見舞われてきた。

フロリダ州、テキサス州、アリゾナ州などの病院は今年の夏、病院自体が満床になる事態が起きていた。

Chart showing deaths and cases in the US since the pandemic began
画像説明, アメリカの新型コロナウイルスの1日当たりの新規感染者(上)と死者の推移(7日平均)

たとえばヒューストンのテキサス医療センターでは、COVID-19の「戦闘ルーム」を設置。スタッフの配置換えのほか、ベッドとベッドの間を狭くしたり、一般のベッドを緊急用に使ったりするなど、さまざまな戦略を使って病床を増やした。

テキサス在住のフィアナ・チューリップさんは、7月に新型ウイルスで母親を亡くした。チューリップさんはBBCの取材に対し、母親はダラスの混雑した病院を怖がっていたと話した。

「医療従事者として毎日危険にさらされていた母は、病院はもっと環境が悪い、満員で、必要な治療が受けられないと言って、入院を拒否した。病院がどういう状態なのか、そこで働いていたので知っていた」

アメリカの新規感染報告はピークを超えたものの、冬にかけてまた増えるのではないかという懸念も出ている。

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大統領は、ウォルター・リード米軍医療センター近くのハイテク治療施設にもアクセスができる。アメリカの農業地帯に住む人々は、こうした治療を受けるにも長い距離を移動しなくてはならないだろう。

ノースカロライナ大学の研究によると、アメリカでは過去10年間に地方の病院120カ所が閉鎖された。

アイオワ州立大学で田園地域の社会学を教えるデイヴィッド・J・ピーターズ教授は、「農村地帯では、ウイルス治療のできる医師の数が人口1万人当たり20人と、都市部の1万人当たり70人と比べて非常に少ない。病院も小さく、専門職員も少なく、医療保険に入っていない人も多い(全体の14%。都市部では7%)」と説明する。

「こうした地域ではブロードバンドを引いていない家庭が55%近くあり(都市部では35%)、遠隔医療でこのギャップを埋める能力も限られている。さらに、州をまたいだシステムへのアクセスにも欠けており、患者や医療従事者、医薬品などの輸送が難しく、時間がかかる」

ヘリコプターでの移動

大統領にはこうした移動への懸念はない。トランプ氏は大統領専用ヘリ「マリーン・ワン」で、ホワイトハウスの庭から病院へと向かった。病院には10分で到着。車で行っても30分しかかからない。

President Donald Trump disembarks from the Marine One helicopter as he arrives at Walter Reed National Military Medical Center

画像提供, Reuters

チューリップさんは母親が亡くなった後に、大統領が「ホワイトハウスの前庭からヘリコプターに飛び乗る」様子を見た。

チューリップさんの母親は、保険の心配をさせたくないからと、救急車を呼ぶのをやめてほしいと家族に訴えていたという。

アメリカではこのように、保険が費用をまかなってくれない場合を考え、救急車を呼ぶのをためらう人が多い。

カンザス州のラジオ局KCUR-FMは、農村地帯に住むある男性の話を紹介している。この男性は、4月に新型ウイルスによる深刻な合併症に陥り、救急ヘリで搬送されたところ、8万ドル(約850万ドル)の請求が来たと話していた。この請求はその後、保険会社と請求者の激しい議論の末に解消され、男性は支払いをせずにすんだという。

こうしたストレスの多いやりとりは、アメリカで入院するとよくある話だ。そして大抵、大量の書類と電話でのやりとりが関わってくる。大統領はこうした心配事を抱える必要はない。

どこに入院するか

トランプ大統領は新型ウイルスの検査で陽性だったと発表してから24時間以内に、ウォルター・リード米軍医療センターに入院した。トランプ氏の症状にはさまざまな憶測が飛び交ったものの、医師は「軽い症状」が出ていると話していた。

ニューヨーク市で救急隊員として働くアンソニー・アルモジェラ氏は、「病院に入院するのは通常、重症化する可能性のある患者だけだ」と話す。

「息切れの症状が出たら病院に来るように言われ、帰宅させられる」

「パンデミックが最もひどかったとき、こうした特定の条件に合わない人は搬送しなかった」とアルモジェラ氏は語った。その後、ニューヨークでは新規感染者が減り、こうした切迫した状況は緩和されたという。

しかし、トーマス・ジェファーソン大学病院の疫学専門家ジョン・ズーロ博士は、こうした入院に関する決定にはあいまいな面が多いと指摘する。

「もし基礎疾患のある74歳の患者が発熱していたら、入院させるという判断になるだろう。しかし保険会社はすべての入院履歴をチェックする。そこでもし『なぜ彼は3日間も入院する必要があったのか?』と聞かれたら、病院側が正当性を証明しなくてはならない」

「しかし、血液中の酸素量が少なければ、若くても十分に入院の理由になる」

トランプ大統領の医師は、トランプ氏の血中酸素濃度が2回ほど下がったと発言している。

動画説明, トランプ氏と同年代でCOVID-19から回復、2人の男性の意見

一方でズーロ博士は、病院で検査を受けるときに「チェックインする」という言葉を使う人がいることにも懸念を示している。

前ニュージャージー州知事のクリス・クリスティー氏は先週、新型ウイルス検査で陽性と判明した。大統領に近いクリスティー氏は「医師の診察を受けるために、午後にモリスタウン医療センターにチェックインした」とツイートしている。

「病院はホテルではない」とズーロ氏は指摘する。

「病院にとどまるには入院しなければならないし、保険会社は不要な入院費は出してくれないだろう。つまり、とてつもなく裕福でない限り、普通の人はそういうことはできない」

ニューヨーク市の医療従事者フアン・リオスさんは、こうした普通の人の1人だ。リオスさんは今年初めに息切れを起こし、COVID-19と肺炎で入院した。入院する時には何の問題も起こらなかったものの、回復し始めると退院するよう急かされたように感じたという。

「血中酸素濃度が低いのに退院させられそうになった。家に戻るのは不安だったので、個人的に知っている医師に掛け合ってもらい、入院期間を1~2日延ばしてもらった」

試験段階の治療薬にアクセス

トランプ大統領でさえ、準備が整わない限りは退院はさせてもらえなかっただろう。入院患者として、大統領はどんな治療を受けたのだろうか?

  • ステロイド系抗炎症剤「デキサメタゾン」
  • エボラ出血熱治療薬として開発された抗ウイルス薬「レムデシビル」
  • 米製薬大手レジェネロンが開発中の抗体治療

このうち抗体治療はまだ実験段階にあるため、大統領がこの治療を受けたというニュースは人々を驚かせた。トランプ大統領は、実験以外でこの治療薬を投与された一握りの人間の1人だ。未承認治療薬の使用を限定的に認める制度は、「コンパッショネート・ユース(人道的使用)」と呼ばれている。

カリフォルニア大学医学部長のロバート・ウォッチャー教授はワシントン・ポストの取材で、「トランプ氏はアメリカの大統領だ。全国民に行き渡らせられるという証拠がそろっていない段階であれ、大統領が最も強力な治療を受けるのは(中略)そう驚くことではない」と語った。

動画説明, トランプ氏、酸素補給をした? 経過は良好? 主治医と側近で食い違い

しかし、一般のCOVID-19患者はこうした治療を受けられるのだろうか?

トランプ氏が受けた治療法のうち、デキサメタゾンは「安くて手に入りやすい」とズーロ博士は説明する。

「(トーマス・ジェファーソン大学病院には)レムデシビルの備蓄もたくさんある。製薬会社から大量に無償で仕入れているので。少なくとも都市部では多くの病院にこうした蓄えがあはずだし(中略)入院するほど重症ならば、こうした治療を受ける条件も満たしているだろう」

一方で、トランプ氏が受けた抗体治療は、一般向けには認可されていない。代わりに、回復者から採取した血しょうを使った治療が試されるかもしれないという。

「最高の中の最高」

トランプ氏は退院時に発表した動画で、「我々には最高の医療機器や最高の治療薬がある。すべて最近開発されたものだ」と話していた。

多くのトランプ支持者は、この演説に勇気づけられたと話している。

この楽観主義は、COVID-19に関する医療研究がパンデミック初期に比べて格段に進んでいるという事実に基づいている。しかし一方で、新型ウイルスでもっとつらい思いをしてきた人々から目を背けた、配慮の足りないコメントだと批判する声もある。

ピーターズ教授は、「アメリカには世界有数の医療システムがある、というのは正しい話かもしれないが、全てのアメリカ人が平等に享受できているわけではない」と指摘する。

「貧しく、少数派の人々、農村地域に住んでいるアメリカ人は、ヘルスケアへのアクセスが乏しく、健康状態も良くない」

一度はCOVID-19で入院し、現在はまた医療施設で働いているリオスさんも、トランプ氏の発言には批判的だ。

「世界一の治療を受けたトランプ大統領が、そういうことを言うのは本当に簡単だ。何でも手に入るのだから。私や他の大勢が受けた、基本的な治療を受けたいとは思っていないだろう」