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西岡潔さん、奈良・大和郡山の「とほん」に連れてって

写真・文:平野愛

JR榛原駅前で待ち合わせ

 この約半年間、京阪神間の街以外の地へ全く移動できていなかったため、山や川、海への憧れは募るばかりだった。そんな中、わが家のテーブルには長らく一冊の雑誌が光を放っていた。「BRUTUS」の[新・ニッポン観光。]号だ。

 山々のグラデーションに、もの凄いバランスで佇む鳥居。見惚れる美しさ。写真はきっと写真家の西岡潔さんの撮影だろうな、とクレジットを探してみたら、やっぱりそうだった。和歌山の熊野古道中辺路から撮影したものと書いてある。あぁ、すごいなぁいいなぁ綺麗だなぁと眺めながら、頭の中での旅が続いていた。

 そうして前よりは少しずつ遠出もできるようになってきた頃、思い切って「私を”山と”本屋に連れてって」と西岡さんにお願いしたのだった。

 晴天の月曜日。午後一番の榛原(はいばら)駅に到着。同じくらいのタイミングで西岡さんが白い車から降りてきてくださった。「久しぶり!」という会話が、こんなにもジンとくるなんて…とこの瞬間を噛み締める。

 『いいビルの写真集 WEST』、『いい階段の写真集』、『生きた建築 大阪』、『特薦いいビル 国立京都国際会館(別冊月刊ビル)』、雑誌「SAVVY」の絶景特集など、どれか聞き覚え、見覚えのある読者もおられるに違いない。これらの写真を撮影されているのが、西岡潔さん。

 建築物から大自然まで、空間と時間を切り取る写真家として、奈良の東吉野を拠点に活動中。そしてもう一つ、近年はインスタレーション作品の制作にも取り組まれている。ちょうど山を舞台にした芸術祭の展示もスタートするタイミングだと聞きつけ、厚かましくも、展示初日に合わせて会場の一つである「曽爾村(そにむら)」へダイナミックに寄り道。そして、ずっと伺ってみたかった大和郡山の本屋「とほん」へと連れてってもらうことに。もちろん西岡さんの白い車で。ありがたい。気持ちはすっかり小旅行。

西岡さんの撮影スタイル

 「いい山の形でしょ」「いい三角屋根でしょ」「他にもいいところいっぱいあるんです」と撮影ポジションごとに、どんどん車を止めてくださる西岡さん。言われるがままに、嬉しくなって車から降りたり降りなかったりしながら、どんどんフィルムカメラのシャッターを押してしまう。

 西岡さんはいつもどんな風に撮影を進めているの? 自然とはどう向き合っているの? と立て続けに聞いてみた。

 「自然や空間の撮影は、一人で行くこともよくあります。山の中であれ、ビルの中であれ、その空間に入ると自分は外の者として捉えて、まずは徐々に身体を馴染ませていく。パっと撮れることもあるんだけど、待つことの方が多い。1カ所に1時間半くらいは居るかな。雲を待ったり、光を待ったり。待つ時間でその場所への理解が深まるから。

 でも、最近は少し変化も。隅々まで完璧に整うまでシャッターが押せなかったのが、ある時、雪山で休憩するために何気なく置いた三脚にセットされたカメラで、ふとシャッターを切ってみたら、ちゃんと写っていたんですよ、共存共栄の姿が。その時からかな、フレーミングから少し自由になれたのは。」

 そう話しながら、なんだか嬉しそうな表情で運転する西岡さん。これから見に行く、インスタレーション作品にもそれを示唆するような仕掛けになっているんだとか。楽しみが増していく。

奈良・奥大和の芸術祭、「MIND TRAIL」にて

 「着きましたよ!」と西岡さんに促されて、車を降りると、「ん!?なんだこれは?」という目の物体に直面する。徐々に自分の立ち位置をずらしていくと…「あああ゛!!!!」という声が思わず出てしまった。

 これが、西岡さんのインスタレーション作品。タイトルは[I/8000000]。

 「曽爾村のルート上の各所に設置している目を、奥の山や茂み、建築物などと重ね合わせることで、一つの生命が見えてくるという仕掛けです。普段気にもしていなかったものに、鑑賞者の身体を使ってフレーミングする。それを写真に撮って立体を平面に定着してもらうことで、作品が完成するんです。」

 なるほど、フレーミングの仕方で作品は如何様にも、動く。まさに八百万(やおよろず)!

 車を降りて、今度は別の山の中へと連れてってもらうことに。

 ここにも八百万の神様がいるのか?!と思ったら、出展作家の北浦和也さんチームと遭遇。前日の台風で壊れてしまった彫刻作品の復旧中とのこと。大変そうなのに楽しそう。お疲れ様です。と声を掛け合いながら、歩を進めることに。

 曽爾村という地をふんだんに使った作品群。じっくり回れば歩いて4時間ほどのルートになるのだそうだ。「MIND TRAIL」は曽爾村以外に、吉野と天川村の計3エリアを舞台に、”歩いて巡る芸術祭”として11月中旬まで開催されている。靴はスニーカーなど歩きやすいものに、服装は防寒しっかりめがおすすめ。それから、カメラもぜひ。

 さてと、かれこれ2時間くらいが経とうとしているではないか。約束の時間を超えてしまっているのだけれど、どうにもこうにもお腹が減ってしまった。コシのしっかりした美味しいおうどんを一杯引っ掛けていくことに。(※飲み物は麦茶)

 

「とほん」に到着!

 「曽爾村から向かっていて、途中、おうどん屋まで寄り道してしまって…大幅に到着が遅れております。すみません!」と焦りながら電話してから約1時間。目的地、大和郡山の「とほん」についに到着。店主の砂川昌広さんが、温かく迎え入れてくださった。嬉しい。

 かつて郡山城の城下町として栄えた面影が、建物や道路の作りなど随所に残る。人も車も交通量は多め。生き生きとした営みが見えてくる商店街。その一角。元は畳屋さんだったというビルの一階部分を、大家さん自ら改装された空間が「とほん」。

 格子のデザイン、何より、その下が開いているのが面白い。物凄い換気力。砂川さんによれば、「もちろん、夏や冬はその都度、開口部分は随時調整していますよ」とのこと。一歩店内に入れば、そっと包み込まれるような落ち着いた風景が広がった。

 「とほん」は2014年2月、それまで長らく勤めた新刊書店から独立した砂川さんが開かれたお店。”〇〇とほん”というように、何かと本を繋げていくことがコンセプトであり、店名に。

 中央の大きな台には平置きされた本がたくさん並ぶ。ここは普段あまり本を読まない人にも、手に取りやすく、楽しめる本を中心にと丁寧にセレクト。奥の棚には、本好きの方のために、何かを発見できるようなラインナップに。古本の棚も一つ構えつつも、昨年から新刊本の在庫を大幅に増やしているとのこと。

 西岡さんは早速、奥の棚の上の方から、インドの出版社タラブックスによる『夜の木』(9刷)を手に。その感触などを確かめておられるようだった。

 次に、これはなんですか? と興味津々の西岡さんの手には「御書印帖」。お参りした日などを記録する御朱印帳のように、訪れた書店にてオリジナルの印などがもらえる。この時点での参加店は全国でなんと210店舗にもなるそうだ。とほんの印には金魚が泳いでいる。
参加書店一覧

 店内にも、金魚が泳いでいる。そう、大和郡山は金魚の養殖が盛んで、日本の三大金魚産地として名物になっている。優雅に泳ぐ金魚の姿が美しい。金魚をモチーフにした作品も、店内の随所に。

店主・砂川さんと本棚

 店内を何周も眺めていると、一冊一冊への愛情のようなものをビシバシ感じる。少し下の方に置かれている本や雑貨にもしっかりと砂川さんの眼差しが行き届き、本たちを生き生きとさせているからだろう。そんな砂川さんには、仕入れ始めてからずっと売れ続けているという2冊を教えてもらった。

 一つは、小説家でありデザイナーでもある吉田篤弘さんによる『月とコーヒー』。

「さぁ、今から物語が始まるよというところで終わっていく、不思議な一冊。寝る前に読んで欲しい24の短編集です。」と砂川さん。少し小ぶりな本体に、心地よい行間の文字組みと挿画。私もすぐさまベットの横に置いておきたくなって、手に取っていた。

 もう一つは、まさに、西岡さんが写真撮影をされている『喫茶とインテリア WEST』。「1950〜70年代のビルがかっこいい」という同じ思いをもって集まった5人組ユニット・BMC(ビルマニアカフェ)による著書第三弾。関西の33の喫茶店・洋食店の物語が写真で綴られている。

 西岡さん「表紙のこのソファ、一部分がちょっと破れているじゃないですか、それを加工とかせずありのまま見せたいと、編集部にお願いしたのが懐かしいです。撮影を進めるごとに、その家族模様とかが見えてくるんです。どれもが代替わりの物語でもあり。あったものを消すなんてことはせず、“しっくり来る”のを待ちました。自然の撮影と方法は一緒です。」

 ページをめくりながら、聞き入っておられる砂川さん。私も改めてこの日見てきた西岡さんの視点を反芻させていただいたのだった。

 

17:00、大和郡山の商店街で

 名残惜しいのだけれど、そろそろ17:00。お店の閉店時間だ。今からだったらお向かいのコーヒースタンドにギリギリ間に合うかも! ということで、「とほん」の砂川さんにサヨウナラを告げて、最後は同じ2014年2月にオープンされた、「K COFFEE」へ。直焙煎による珈琲豆の通販もあり。到着するなり、「ちょっと子供抱っこしておいて〜」と顔見知りの西岡さんにお子さんを預ける店主。

 ここは元々ガソリンスタンドだったそうだ。その面影もまたうっすらと垣間見れて面白い。商店街は17:00でほぼ全店クローズするスピード感。そしてあっという間に奈良の夕陽も落ちていった。

 こんな暗さで三脚なしで撮れる? と西岡さんに心配されながらも、「大丈夫、大丈夫」と言いながら電信柱を全身で抱えて、ブレないようにカメラを固定。商店街の端から最後の一枚を押したのだった。

 またいつの日か、私を本屋に連れてって。