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それでも元原発作業員の漁師は前を向く 「俺らがやらないでだれができる」

福島第一原発の「処理水」を、海か大気に放出する方向性が、次第に見えつつある。彼は、福島の海で、漁師としてどう生きようとしているのか。

東京電力・福島第一原子力発電所で、炉心冷却などのために生まれる高濃度の放射性物質を含んだ「汚染水」に、浄化処理を施した「処理水」。これを、海か大気に放出する方向性が、次第に見えつつある。

福島県いわき市久之浜地区の遠藤洋介さん(38)は、漁師だ。そして、2011年の原発事故後は原発で作業員としても働き、処理水を貯めるタンクの組み立て作業に従事してきた。漁業の操業期間が制限されるようになったからだ。

自ら組み立てたタンクに入っている処理水が、自らの職場である海に流されるーー。そんな可能性が高まってきたことを、遠藤さんや地元の漁業関係者は、どう受け止めているのか。そして、福島の海で、漁師としてどう生きようとしているのか。

林立するタンク「これ、どうすんだ」

遠藤さんは2013年から、作業員として福島第一原発で働き始めた。

本業の漁師の仕事は、事故による放射性物質の影響や市場の評価などを調べるための「試験操業」で、操業日数が制限されている。漁に出られない日に、福島第一原発で防護服を着て、各種の作業にあたった。

入退管理施設の基礎工事、汚染土の運搬など、さまざまな業務を経験してきた。

行った作業の一つが、処理水用のタンクの組み立てだった。

福島第一原発の原子炉1〜3号機内には、事故により溶けて固まった核燃料(燃料デブリ)がある。これを冷やすため、常に水をかけている。さらに、原子炉建屋地下にあるすき間に地下水が流れ込むなどして、水が各種の放射性物質と混ざり合い、危険な「汚染水」となる。

東京電力は、このままでは極めて危険な汚染水を、2013年から「多核種除去設備(ALPS)」などの浄化設備に通し、多くの放射性物質を取り除く処理を施している。

そのプロセスを経たものが「処理水」だ。すべてタンクに貯めて保管してきた。

タンクは日に日に増え、2020年2月20日現在、1003基並び、そのほとんどに処理水が入る。東電は、2022年夏には今後の増設分も含めてタンクが満杯となり、それ以上は敷地にタンクを並べなくなるとしている。

それが、政府が処理水の処分方法を検討してきた理由だ。

経産省の有識者会議は2月10日、「海か大気への放出が現実的」とする報告書を出し、海に放出される方向性が見えてきた。

遠藤さんは、現場でタンクが次々と並ぶのを目の当たりにしてきた。

「タンクを見ていると、いったいこれ、どうすんだって気持ちになった。このまま原発の敷地内に置き続けるのは、無理だろって。敷地にも、限度ってものがあるから」

理解はする。けれど「賛成です」とは言えない

現場でタンクを見てきたから、敷地との兼ね合いの話は理解できる。いつか敷地にタンクを置けなくなる日がくる。

しかし、国の議論の進め方は、最初から海への放出を前提とし、その方向に誘導するものではなかったか。遠藤さんはそう感じている。

「タンクを敷地内で移動するのもリスクがある。敷地外に持っていくのは、リスクが高すぎる。だから、処理水はどうせ海に捨てますよね。国がそう誘導しているような気がしてならなかった。結局そうなる」

処理水を再び浄化処理にかけても、残ってしまう放射性物質がある。トリチウムだ。水素の仲間(同位体)で、放射線のエネルギーは弱く、原子力施設からだけでなく、自然界でも常に生成されている。

トリチウムを取り除く技術は、世界的にも実用化されていない。このためトリチウムを含む水の海洋放出は、これまでも世界中の原発で行われてきた。日本でも40年以上、各地の原子力施設から海に排出されてきた。

こうした経緯などから、原子力規制委員会の更田豊志委員長は、安全基準を満たすまで処理水を薄めてから海に放出するのが「実行可能な唯一の選択肢」と発言し、田中俊一・初代委員長も海洋放出の必要性を繰り返し訴えてきた。

処理水を処分する必要性は、遠藤さんも理解している。それでも、海への放出には「反対だ」という。

漁業関係者として海産物の売り上げが、風評被害を受けるといったデメリットは想定できても、メリットを見いだせないからだ。

世界と同じやり方を、福島でもできるのか

世界中で放出されてきた、トリチウムを含む排水。福島第一原発構内で、BuzzFeed Newsの取材に対応した東京電力の担当者は、こう語った。

「世界でトリチウムを含んだ水を薄めて放出している現実があります。じゃあ、福島もそうすれば良いかと言えば、なかなかそんな単純な話ではありません」

福島第一原発への関心は、事故当時よりも下がっている。「汚染水」や「処理水」という言葉の意味を知らない人も少なくないのが現状だ。そのままの状況で処理水の海洋放出を行えば、たとえ放出に科学的な安全性を確保したとしても、「放射性物質が流された」という単純な風評が広がる恐れがある。

そうなれば、福島県産の魚介類や農産物が安全だとしても、消費者が敬遠してしまい、ようやく立ち直りを見せ始めた地元の漁業と農業に打撃を与えかねないという懸念がある。

遠藤さんが、海への放出を反対する最大の理由が、この「風評被害」だ。

福島県漁連をはじめとする地元関係者も、風評被害を危惧している。

県漁連の野崎哲会長は2月19日、処理水を巡る経産省や各自治体などとの会合で、「風評被害への具体的な対策が示されておらず、納得できない」として、改めて海への放出に反対する意向を示した。

本格操業再開への兆しが見えた時に来た「処理水放出」

遠藤さんは2018年に原発作業員をやめた。漁業に専念するためだ。かつて週1日だった試験操業の回数は次第に増えた。現在は週4日、愛船を駆って漁に励む日々を送る。

「やっぱり俺は、漁師っていう本業が大事だからさ。そのスタイル、プライドは変わらない」

2019年9月には、津波で破壊された地元の久之浜魚市場(久之浜地方卸売市場)の復旧工事が終わり、入札を再開。かつての活気を取り戻しつつある。早朝には、入札開始を知らせる鐘の音が響き、場内にはヒラメや鯛などがずらりと並ぶ。

それまでは、久之浜沖で獲れた魚介類は、トラックで30分かけて別の魚市場まで運んで入札、出荷されていた。「楽、楽。すげえ楽」と、遠藤さんは変化を喜ぶ。

さらに、国の原子力災害対策本部は2月25日、エイの一種「コモンカスベ」の出荷制限を解いた

国は原発事故後、福島県沖の魚介類のうち最大で43魚種、44品目を出荷制限していた。だが、福島の漁師はこれで、すべての魚を出荷できるようになった。本格操業に向けた歩みが着実に進んている。

経産省の有識者会議が「海洋放出が現実的」という報告書を出したのは、こういうタイミングだった。今後は以下の3つの段階を経て、その処分が始まる。

1)報告書の提言を元に政府が基本方針を決め、東京電力に伝達

2)東電が具体的な手段を決めて原子力規制委員会に申請

3)認可が下りた段階で正式な処分方法が決まる

→処分開始

本格操業の再開を目指す漁業に対する風評被害を防ぐため、国は「メディアの力も借りながら、丁寧な説明を行っていく」としている。しかし遠藤さんは「事故時のように、いろんな憶測が広まるのではないか」と不安を募らせる。

「恨みはない」東電、そして国に求めるもの

「東電に対する恨みはないよ。あっちも仕事で、やりたくて起こした事故じゃないのはわかるからさ。もし俺が東電社員だったら、責められてもしょうがないなって思っちゃうね」

「でも、そうは言っても、処理水が流れて、魚が売れなくなったらどうすんのって話。こっちは生活が関わってくる。道を示すのであれば、もし何かあった時には責任を取ってほしいよね」

国は、どう国民に「丁寧な説明」をするのか。風評被害を最小限に抑える対応とは、具体的にどういうものとなるのか。

国や東電の話をどうしても信用できない、という思いが、遠藤さんにはある。だから、処理水の放出が始まれば、東電側だけではなく、漁業関係者も海水を採って調べるのはどうだろうか、と考えている。船を出して行う作業を依頼されれば、漁師にとっては仕事になるし、調べた結果が安全ならば、胸を張って消費者にPRできる。

「国や東電が、獲った魚を全量買取をするとか、そこまでの覚悟があるなら、流してもしょうがないと思う」

「これからのために、こっちはアクションがほしいんだよ。俺みたいなごく一部の人間の意見は、聞いてらんねえって思うか。それとも、ちゃんと意見を受け入れてくれるのか。話を煮詰めてほしい」

「漁師は絶対にやめない」

日経新聞などによると、国際原子力機関(IAEA)のグロッシ事務局長は、来日中の2月27日、海洋放出は「世界で実施され」「新しい手法でない」、放射性物質の濃度を国際基準を下回る水準に薄めて処理水を放出すれば「環境にニュートラル(中立)だ」と語り、科学的に問題はないとの考えを述べた。

また、日本側から要請があれば、希釈した処理水に含まれる放射性物質の濃度をモニタリング(監視)することが可能で、風評被害の抑制においても協力する意向を示したという。

処理水はいずれ、海に流されるだろう。遠藤さんは、そう考えている。しかし、漁師をやめるつもりはない。

「漁師は続けますよ。好きだからだよ。それしかない」

久之浜には、もう一つの問題もある。後継者不足だ。「漁師がいつかいなくなるんじゃないかという、事故以前からの課題がある。やることがいっぱいあるんですよ」

いわき市全体の漁師の平均年齢は現在、60歳を超えるという。震災後、多くの魚の加工場や小売店が廃業した。「10年後を考えただけでぞっとする」という。

2018年に、思いを同じくする仲間2人とともに合同会社「はまから」を立ち上げ、鮮魚の販売と漁師の体験事業を始めた。

「現状ではなかなか難しいけれど、給料が高ければ、どんな人でも来てくれるはず。稼げるところに人は来るんだよ。だから、原発には人が来る。放射能の怖さより、金が優ってるんだよ」

「会社として雇って仕事をしてもらい、漁師もしてもらいたい。それぞれで安定した給料をもらえる仕組みが理想で。でも、まあ甘くねえなって思っている」

風評被害がたとえ生まれても

その一歩として、2月1日に久之浜町の復興商業施設に鮮魚店「おさかなひろば『はま水』(久之浜水産)」をオープンした。

加工・直売スペースや、地元住民が漁師ともつながれる交流スペースを設け、地元の魚や漁の魅力を伝える。クラウドファンディングで約400万円の支援金を集め、元手にした。

今後は、いわき市産の海産物「常磐もの」を震災前のように高値がつくようブランド力を高めたい。

震災後は「漁師に会ったことがない」という子どもが増えた。漁業体験の頻繁を増やすなどして、後継者問題についてもなんとか改善したい。

「今から一個一個やらないと、遅いんだよ。10年後に始めたら、漁を教えられる人もどんどんいなくなっちゃう。最終的に俺も困るよね」

原発作業員をやめ、漁師として本業に力を入れる道に戻ったが、後悔はない。

「処理水がたとえ海に流れようとも、俺は、ここで獲れた魚をPRし続けますよ。『うめえよ、食ってみい』って。安全基準を上回る数値が出ない限り。俺らが風評を生んではダメでしょ」

「前しか向いてません。風評被害がたとえ生まれても、やりもしねえで、売れねえって言いたくない」。一呼吸置いて、加えた。

「魚を獲ってる俺らがしないで、誰がPRすんだよ」

<この記事は、Yahoo!JAPANとの共同企画で制作しています。汚染水と処理水をめぐる問題を考える上での一助となるべく、様々な角度から報じた記事をこちらのページから読めます>