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東京新聞「抗体検査5.9%陽性」の報道が誤解を与える危険性認める。専門家「道義的責任は重い」

4月30日に朝刊1面トップで報じた記事が誤解を与える可能性があることを東京新聞が認めた。

東京新聞は5月12日、朝刊3面に「『誤解を与える』批判について」と題した、杉谷剛社会部長の署名記事を掲載した。

新型コロナウイルスについて4月30日の朝刊1面トップで報じた「抗体検査5.9%陽性 市中感染の可能性」という記事が「一般の人たちの5.9%が感染したことがあるとの誤解を与える危険性がある」との批判を重く受け止めるという内容の記事だ。

東京新聞の4月30日の記事に対して、京都大学のウイルス・再生医科学研究所の宮沢孝幸准教授は、すぐ電話をかけて訂正を求めたという。

宮沢准教授はBuzzFeed Newsの取材に「掲載したことの道義的責任は重い」と指摘した。記事の何を問題視したのか。

経緯を振り返る

東京新聞は4月30日付朝刊の1面トップに「抗体検査5.9%陽性 市中感染の可能性」という記事を掲載した。

抗体検査とは体内でウイルスと戦う「抗体」ができているのかどうかを調べるもの。

この記事は東京都のナビタスクリニックで希望者202人(男性123人、女性79人)を対象に実施した抗体検査の結果に基づいている。

検査の結果、陽性と診断されたのは12人で、全体の5.9%にあたるという。

また、検査を受けた202人のうち1ヶ月以内に発熱の症状があった人は52人。同居者で新型コロナウイルス感染者がいる人は2人、PCR検査を受診したことがある人は9人、PCR検査で陽性だった人は1人としている。

その上で「抗体検査の正確性はまだ確立していない」と前置きをしながら、「今回の調査は多くの無症状や軽症者を含め、国内で感染が確認された人数を何十倍も上回る人がすでに感染した可能性を示している」とした上で、「実態把握へ検査拡大を」と報じた。

この記事は東京新聞のウェブサイトでもトップに表示され、反響を集めていた。

中には「5.9%」という数字と東京都の人口を掛け合わせて、「東京では約82万人が感染している」という言説も広がった。

これは、さまざまな前提を省いたうえでの単純計算であり、正しいとは言えない。こうした誤った認識が、この記事をきっかけに広がることになった。

問題はどこに?

この記事の問題点として、京都大学の宮沢准教授は2つの点を指摘する

1つ目は検査で使われた抗体検査キットの限界について、言及がない点だ。

東京新聞によると、ナビタスクリニックが使っているのはクラボウが販売している抗体検査キットだ。

製品のカタログには注意事項として、「本製品の使用は、研究用に限定して販売しております」と記載されている。診断への使用は想定されていないものだ。

同クリニックのホームページによると、このキットを10セット25000円で購入し、希望者から1回あたり5500円の検査費用を実費で徴収して検査を実施している。

一方で、日本感染症学会はこれらの抗体検査の性能評価を行った際に、「感染症の診断に活用することには推奨できない」との認識を示した。「今後さらに詳細な検討が必要である」と結論づけている

このことから、抗体検査の精度は現段階では十分とは言いがたい。

こうした検査キットの精度を見る指標は、2つある。

感度=陽性を正しく陽性と判定する割合

特異度=陰性を正しく陰性と判定する割合


の2つだ。

感染者をもれなく見つけるために感度を100%へと近づければ、今度は特異度が下がり、感染していない人を陽性と判定してしまう可能性が高まってくる。

また、新型コロナウイルス以外のコロナウイルスの抗体への反応(交差反応)なども考慮が必要だ。

そうした中で、専門の学会がその精度に「さらなる検討が必要」とする段階にあるキットによる検査に基づいていることにも、注意が必要だろう。

2つ目は、検査を受けた人の「バイアス」の問題だ。

この調査は検査を希望してクリニックを訪れた人を対象にしているため、ある母集団から無作為に対象を抽出して行う調査よりも、陽性率が高くなることが推測される。

また、検査の実効性を証明するためには、新型コロナが流行する以前の血液の抗体検査と比較し、その反応を検証することが必要だが、今回の調査ではそうした比較は行われていない。

こうした条件に留意しないまま単純に「5.9%」という陽性率を見ても、「事実としてどのような人を何人を調べて、こういう結果が出たということは言えますが、その結果からこうしたことが解釈できるということは、何も言えない」と、宮沢准教授は指摘する。

「こうした調査結果が一人歩きしてしまうことは非常に危険だということで、(医療関係者は)みんな慎重に取り扱っています。しかし、そんな中で、これを1面トップに持ってきてしまうことは問題です」

「国立感染症研究所や日本感染症学会がその実効性について疑義を呈した検査キットを用いた調査を、検査の限界への言及もなく掲載してしまうのはいかがなものか。掲載することの道義的責任は重いものです」

「誤解を招く恐れ」東京新聞が認める

東京新聞はどう受け止めているのか。なぜ、記事内容を釈明する社会部長の署名記事を出したのか。

東京新聞編集局はBuzzFeed Newsの取材に対し、「記事に誤りはありませんが、ご指摘の通り、記事内容や見出しから読者の誤解を招く恐れがありました」とコメント。

その上で「読者や専門家の指摘を受け、本日(5月12日)の朝刊に社会部長による署名記事を出しましたので、この記事をもって回答いたします」と回答した。

5月12日の朝刊3面に記載された「『誤解を与える』批判について」という記事で、杉谷社会部長は「検査を希望した人たちは、無作為に抽出した検査と比べてもともと偏りがあり、広く一般の人たちを代表しているとは言えません」と今回の調査の偏りを認めた。

その上で、「『記事は、一般の人たちの5.9%が感染したことがあるとの誤解を与える危険性がある』というご批判を重く受け止めます」としている。

宮沢准教授授の指摘を、ほぼ認めたかたちだ。

この検査キットに基づく調査を「研究として」行っているとナビタスクリニックの久住英二医師は発信している

BuzzFeed Newsはナビタスクリニックを運営する医療法人社団鉄医会に4月30日、今回実施した調査のサンプルにおけるバイアスや日本感染症学会による性能評価の受け止めなどについて取材を申し込んだ。

5月13日午後4時現在までに、回答は得られていない。回答があれば追記する。