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日比谷線脱線事故から20年…同じ電車に乗っていた女子高生からボクシング大橋秀行会長に語られた亡き“教え子”の新事実

2020年6月25日 13時08分

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地下鉄脱線事故で犠牲者となった富久さんについて語る大橋秀行会長

地下鉄脱線事故で犠牲者となった富久さんについて語る大橋秀行会長

[山崎照朝コラム]

 ボクシング取材歴も既に43年になる。そんな私が一番気になっているのはワールドボクシングスーパーシリーズ(WBSS)で優勝したWBA&IBF世界バンタム級王者井上尚弥(27)の3団体統一戦。4月にラスベガスで予定されていたWBO世界同級王者ジョンリエル・カシメロ(31)=フィリピン=との一戦は新型コロナウイルスの影響で延期されたままだ。
 所属ジムの大橋秀行会長を訪ねた。「どうなっていくんでしょうかね。アメリカの状況もちょっと分からないですから。自分が現役選手だったらゾッとする」とのこと。先行きが見えない状況を憂うのだが、井上にとってそんな一戦も、勝ってこそ。誰もが大きなプレッシャーを抱くところだが、「そういうのを感じない子なんですよ」と大橋会長。なるほど、それが“怪物”たる由縁のようだ。
 取材の途中、「話は変わりますが…」と大橋会長が切り出し、熱く語りはじめたのは2000年(平成12)3月8日に起きた営団地下鉄日比谷線脱線事故に巻き込まれて亡くなった麻布高校1年生の富久信介さん(当時17歳)のこと。私もその話に深く引き込まれた。事故は大きく報道されたから記憶している人も多いだろう。彼は大橋ジムの練習生だった。
 「事故が起きたのは20年前の俺の誕生日だったんです。先日、その富久との思い出をSNSに載せ、ネットで尚弥の相手のカシメロ情報を調べてたんです。その時に俺の携帯が“ビーン”と鳴って凄い長文が来たんです。20年前に富久と同じ電車に乗っていた女子高生からでした。今は結婚して子供もいるそうなんですが」
 「彼女が言うのには富久は女の子が痴漢に合うといつも助けてくれていたそうで『今までボクシングを全然知らなかったので。やっと会長の連絡先が分かってたどり着きました』と言って。当時、富久に彼女がいる気配も無かったのでまた違った面が見えて感動しましたね。すごくいい話だったんで富久の両親にそれを転送して。両親も感動してそれをまた彼女に送って。彼女もすごく喜んでくれて」
 凄惨(せいさん)な大事故は、中目黒駅手前のカーブで午前9時頃に起きた。5人が亡くなり、63人が負傷した。富久さんは期末試験の最終日でいつもより遅い電車に乗って事故に遭遇したという。優秀で、東大を目指すと言っていたそうだ。父親は実業家。高校1年の時に父親から、あとは自分で考えろと100万円渡され、月謝とか小遣いは株取引でもうけて払っていたとのことだった。
 「麻布高校で学校に直談判してボクシング部を作って。だからすごく印象に残っているんです。将来は世界チャンピオンになるのではなく事業に成功して大橋ジムの大スポンサーになりますと言ってましたから」
 事故が起きた日が誕生日だった大橋会長はこう続けた。
 「皆に誕生日会をやってくださいと言われ、誘われるんだけどずっと断ってたんです。誕生会というとこの日だから…。それで13回忌の時に家に行って『自分も誕生日をやってないので』と、これを区切りに、再開することをお願いして」
 「頭の良い子でしたから東大を出て実業家になる夢も本当になるなと思ってましたよ。あの麻布高校でボクシング部を自分一人で作って顧問も見つけて…」
 現在、新型コロナウイルス対策としてジムの入り口には自動体温計が設置されている。7月に再開する試合も、当面は採算度外視の無観客試合となる。
 「ニュースを見ていると正直、ボクシングどころじゃない。それも自分のところだけじゃないから仕方ないかな、という感じですが富久ならどうしたでしょうね」
 有言実行型だった富久さん。その彼を慕う長文のメールが大橋会長の心を癒やし、揺さぶり、前を向かせた。彼の魂は今も生き続けていると思った。(格闘技評論家=第1回空手道オープントーナメント優勝者)

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