【試乗】全身が最先端ポリマーの塊。コンセプトカー「ItoP(アイトップ)」の試乗レポート

■コンセプトカーItoP(アイトップ)とは?

内閣府が統括する「革新的研究開発推進プログラム」、英文の“Impulsing PAradigm Change through disruptive Technologies Program”の頭文字を取って「ImPACT」と呼ぶ。

この最先端プロジェクト群の中身は、科学の先端領域を踏み分けている研究者をプロジェクト・リーダーに、学術研究を専門とする組織(アカデミア)、例えば大学の研究室などと、現実の製品に向けて開発・実用化を得意とする企業などを横断的に組織して、これまでの常識や定石を超える成果を生み出そう、というもの。2013年6月にその創設が閣議決定されて、ここまで5年あまりが経つが、素材からロボット、人体、ITなど複数の分野で、提案→採択された16のプロジェクトが現在進行中である。

ItoPとは、そのプロジェクトのひとつ「超薄膜化・強靱化『しなやかなタフポリマー』の実現」の一環として製作されたテクノロジカル・コンセプトカーである。ここでは筆者両角岳彦氏が見たテストドライブの様子と、自らステアリングを握った試乗記をお届けしよう。

【試走の場にふさわしい最良のメンバーが結集】

2018年10月末の某日朝、某テストコース…といっても我々にもお馴染みの日本サイクルスポーツセンター内5kmサーキットに、「ImPACT4しなやかタフポリマー」プログラムの関係者が集合、白いトランスポーターを囲んでいた。そのトランスポーターから慎重に下ろされたのは、もちろんこのプログラムから生まれるポリマー技術革新のデモンストレーション・コンセプトカー「I to P」。

移送のために取り外されていた一部の外装部品を組み付けつつ、走行関連システムのチェック。EVレースでも使われている急速充電システム搭載車両も現地入りしていて、車両側の確認が終わったところで、そのリアエンド下部右側に設けられたハッチを開いて充電ケーブルをつなぐ。ここに設置された充電用コネクターは日本のEVで急速充電用としてデファクトになっているCHAdeMO仕様である。

I to Pの開発にあたっては、走行機能要素に関しても例えば前後サスペンションの主ばね(前:リーフスプリング、後:コイルスプリング)を、新開発ポリマーをマトリクス材にしたC(カーボン)FRPで作る上で、そうした要素部品の台上試験に始まり、実車相当の形態と機構を鋼管で組んだフレームに搭載したランニング・テストベッドを製作して、走行試験も1年近く行ってきた。電動車両に欠かせない電力供給・モーター制御システムについては、このテストランの場にも立ち会っている東京R&DとPUESが協力しているという、今の日本でこうしたクルマを試作・実走させる上で、最良と思われるメンバーが集められている。

【みなぎる緊張感、あふれる感慨】

とはいえ、ゼロから作った試作車を走らせる、それも「動くかどうか」の最初の確認(俗に言う「転がし」)はまだいいとして、こうして本格的なテスト走行を始めるとなれば、やはり製作した人々はそれなりの緊張と、そして感慨を覚えるものだ。充電ケーブルを外し、ドライバーが車両中央に収まって、コースを下見すべく軽い電気系ノイズとともに動き出し、このサーキットを知る者にはなじみ深い強い下り勾配のストレートを駆け下りてゆくのを見守るプログラム関係者たちには、やはりそうした独特の雰囲気が漂っていた。

筆者自身、小なりとはいえ試作車両のシェイクダウンを担当したこともあるから、そのあたりの心持ちはよくわかる。そもそもコンセプトカーを含む試作車両は、実用車・市販車のように「動いて当たり前」のものではないのだから。

【自らステアリングを握ってみる】

1980年代半ばからの10年間ほど、日本の自動車メーカーが技術で世界のトップに迫ろうとしていた時代、主要技術要素や装備が機能し、実走するコンセプトカーや各社が作り、モーターショーに出品していた。その中でも「これは」というクルマたちは詳細な取材をして記事も作り、実際にステアリングを握ってテストコースを走らせてもらったクルマもある。 技術開発のためのエンジニアリング・プロトタイプで運転する機会を得たものもあった。それらを走らせる時には、まずは各部がちゃんと動くか、異音や変な振動はないか、を確認しながらゆっくりと。その上で、それぞれのクルマが何を目的に作られているかを思い浮かべて、そこでどんな新しい意味が伝わってくるか、を考えながら対話してみる。

この日、プログラム関係者のほぼ全員と、そして取材に訪れていた我々も、I to Pに同乗。そして私は短い距離だけれど、ステアリング(左右2本のグリップを押し引きするツインレバー方式だ。ペダルはふつうのアクセル、ブレーキの2ペダル)を握らせてもらう機会を得た。久しぶりの試作車体験である。

【圧倒的な解放感。空間のゆとりもたっぷり】

中央1・後ろ2の3座キャビンに座って、まず感じるのは視野の広がりと明るさ。後2席に収まってもフロントエンドから頭の上近くまでずっとウィンドウスクリーンが伸び、大きなドアもベルトラインから上は透明なウィンドウ。キャビン部分の表面積の約50%が透明パネル、とのことだが、それを実感する解放感あふれる空間である。好天に恵まれたこの日は、頭上全面が青空という心地よさだったが、さすがに陽差しが強いと室内温度が上昇し、直射で体感温度はさらに上がりそうだ。エアコンディショニングとは別に、新開発ポリマーによる透明パネルには今後の実用化に向けて、断熱機能か、少なくとも赤外線カット、UVカットの表面処理が加えられるような追加開発を期待しておこう。

後2席の乗員は、脚をドライバー脇のフロアに伸ばす形で座るわけだが、身体を包む空間のゆとりはたっぷりある。車体幅が十分にあることから、脚を広げるか抱え込む座り方にはなるが、ドライバーズシートの背後にもう一人分のシートを置く余地があるくらいだ。もちろん走りを体験できるコンセプトカーとしては、ゆとりあるこの3座空間+透明パネルが、同乗者に強い印象をもたらす。

【運動の「軸」が身体を貫通している感覚】

ドライバーズシートに収まると、「やっぱりセンタードライブはいい!」と改めて思う。と言っても筆者の車両中央運転席体験は、ジュニア・フォーミュラカーとマクラーレンF1ぐらい、それもごく短時間のものだが。ドライバーにとっての“外骨格”である車体が左右対象に広がり、運転する動作に反応するクルマの動きも自分自身を中心に左右対象に発生する。運動の「軸」が自分の身体を前後に通っている感覚も生まれてくる。これを知ってしまうと逆に、車体のどちらか一方に偏ったポジションで、車両四隅感覚をアジャストできるという人間の能力はたいしたもの、とも思うわけだが。

中央運転席の実用的な問題は、車外との距離が遠くなる、すなわち乗降性だが、サイドパネル全体が大きく開くI to Pではその面の問題はなく、透明パネルの下に強度部材にもなるCFRPの組み木細工をあしらったフロアを踏んで(汚さないように気をつけながら)乗り降りする。

【EVのアクセル・レスポンスは「つくる」もの】

ドライバーシートから自然な体勢で肘を両脇に落とし、前腕・手を前に伸ばした位置に立っているグリップ(押し引き動作による操舵は、人間の骨格・筋肉系の成り立ちに基づいた、この位置関係が重要)に両手を持ってゆき、軽く握ってみる。ブレーキペダルを踏み、簡易的にブレーキ液圧をロックしているバルブ(サイドブレーキ役)を開放、右グリップの上部に組み込まれた「D」ボタンを押し込むと、走り出す準備完了。

アクセルを踏めば、これはもう当たり前になったEVならではの滑らかな転がり出しが現れる。アクセル・レスポンスも、EVでは「つくる」ものなのだが、さすがに経験値を持っているメンバーが仕立てているだけに、モーター・トルクがダイレクトに路面を押す感覚が伝わりつつ、粗さのないおっとりとした反応が現れる。個人的には、電動駆動ならばアクセルペダルの動きにもっと速く、はっきりした反応を作ってもいいとは思うけれども、デモンストレーターとして多くの人々に乗って、体験してもらうクルマなのだから、私がまとめても当面はこういう特性を仕込んでおくだろう。このあたりが自在に作り込めるのが、EVならではの“おもしろさ”なのである。

【操舵系はダイレクト感があるも重さに改良の余地】

コースに出てゆくところから、まずはツインレバー・ステアリングの動きと反応を確かめる。曲がろうとする方向の手を引きながら、反対側のグリップを押す。この操作にタイヤの向きが変わるのが手に伝わり、そこからノーズが横移動を始める。アップライトまで機械的なリンクで直接つながっているので、ダイレクト感は高い。

ただ、現状はちょっと操作力が重い。戻し側ではタイヤが細い(155/70R19サイズ。この日は実走テストに合わせて現行市販品のブリヂストンECOPA、BMW i3のフロント用を装着)こともあって、セルフアランニングトルクが弱く、逆の押し引きをしてステアリングを戻す必要があった。

実車開発・製作のまとめ役、竹林氏もこの操舵系の重さについては認めていて、そうなった要素をいくつか拾い出していた。まずレバー(グリップ)が対称形でなく、下端に付いたロッドを押し引きしている。そのためグリップ〜ロッドが押し引きの力が加わると上に反る変形を起こしてしまう。そのため本来の滑らかな動きが出ていない。アップライトに至るリンク類も変形が出てしまっている。これらが摩擦を起こして、無駄な力を必要とし、戻りも悪くなっている、とのこと。

【筋肉と骨格を最良の状態で使えるという美点】

操舵系のレバー比(一般の車両ならステアリング・ギアレシオに相当する)もレバーの動き2:タイロッドの移動量1というところで、ちょっと足りないかな…とも言うのだが、そもそもこの操舵方式の基本コンセプトは、操作力が多少大きくても、筋肉と骨格の動きをいちばん良い状態で使って、正確なステアリングワークでできるように、というものなのを聞き知っているので、とりあえずはレバー〜ロッド系統の曲げ変形と摩擦を、造形や得意のCFRP素材の見直しなどで大幅に減らすことから試してみたい。

現状、クルマを走らせると上腕二頭筋に負荷がかかる。つまりツインレバー方式の狙いどおりなので、そこをもっと追いかけてみたいと思ったのである。こういうディスカッションも、新しい試みを実装したコンセプトカー/エンジニアング・プロトタイプを味見する時のおもしろさだ。I to Pが作られた本来の役割とはまた別のところではあるけれども。

【下りでは転動抵抗と空気抵抗の小ささを実感】

知る人ぞ知る、ここ日本サイクルスポーツセンターの5kmサーキットは、とんでもなく勾配がきつい。同所のパンフレットにも「高低差100mの起伏に富んだ本格的な山岳コース」とある。前述のようにメインストレートは一気に下り、さらに上り下りを走って最低部まで行ってから戻る反対側の「心臓破りの坂」は最大勾配12%。

ここをI to Pで走ると、下りは快適・快調。さすがにタイヤ・ホイールの転動抵抗も車体の空気抵抗も小さいことが実感できる「転がり」だ。ちなみにこの日はまだ、モーター制御に減速時の回生は織り込まれていなかった。そして勾配のゆるやかな区間で舵を切って旋回姿勢を決め、アクセルを押し込むと後ろから蹴る力とともにちゃんと踏ん張って旋回してゆく。

【モノコックシェルならではの振動伝達】

このあたりは競技車両流に、連結部分を全て球面ジョイントにしたサスペンションならではのしっかり感。それは同時に路面のアンジュレーション、表面の粗さが、硬いシェルにクッションを貼ったシートからお尻に伝わってくることにもつながっているが、まったく不快ではない。

改めて体感を整理すると、路面とタイヤから伝わるショックや振動が、たしかにダイレクトに伝わってくるのだが、それを受けてグニャグニャ、ブルブルとどこかが変形する振動は来ない。しかも強めのショックに対しては骨格がピシッと張って受け止めつつ、パッと減衰して収まる。このあたりは間違いなく、構造部材がルーフ側まで回り込んで殼状骨格、すなわら本来のモノコックシェルを形作っているクルマならではの振動伝達だ。マクラーレンF1もそうだったし。

【モーター制御は普通に走れることを最優先】

3人乗車で「心臓破りの坂」にかかると、さすがにペースはぐっと落ちる。車両重量は850kgでも乗員の重量200kgが加わり、それをダイレクトドライブのモーター、定格トルク150Nm、定格出力15kW・2基で押し上げるのはさすがに厳しい。とはいえ、速度は落ちるが登坂を続けることは現状でも可能。モーターの特性として、「定格」はずっと出し続けることができるトルク、出力(トルク×時間)であって、もっと大きな電流を送り込んでトルクを増大させることができる。

モーターそのものの仕様でも、最大トルクは570Nmとされており、これを出せるか、出し続けられるかは、モーターの発熱で決まってくる。この日初めて本格的なテストランを試みるI to Pとしては、その限界まで力を引き出すのではなく、まずはふつうにちゃんと走ることを最優先したモーター制御を組み込んであったはずだ(私が技術責任者でも、そうします)。

【さまざまな「味見」ができた贅沢な1日】

というわけで、カーボンファイバーを主にした複合素材で作られた「殼」、無駄な動きをするブッシュ類のない「脚」、そしてツインレバー方式のステアリングの可能性…などなどを味見して楽しんだ、というコンセプトカーの取材としてはとても贅沢な1日でした。

その基本骨格たるモノコックシェルは、東レカーボンマジックでもう1基製作する予定とのこと。できればその製作工程を取材して、またここで紹介することにしましょう。というわけでこの稿、再び“To be continued”。

(文:両角岳彦/写真協力:ImPACT)

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https://clicccar.com/2018/12/26/664326/

この記事の著者

両角岳彦 近影

両角岳彦

自動車・科学技術評論家。1951年長野県松本市生まれ。日本大学大学院・理工学研究科・機械工学専攻・修士課程修了。研究室時代から『モーターファン』誌ロードテストの実験を担当し、同誌編集部に就職。
独立後、フリーの取材記者、自動車評価者、編集者、評論家として活動、物理や工学に基づく理論的な原稿には定評がある。著書に『ハイブリッドカーは本当にエコなのか?』(宝島社新書)、『図解 自動車のテクノロジー』(三栄)など多数。
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