『ちいさな独裁者』はハッタリと権威が巻き起こす地獄絵図を描いた映画である。にも関わらず、濃厚な末期戦ムードに当てられておれは嬉しくなってしまった。
大変困っている。
大尉の軍服とハッタリで下剋上「ちいさな独裁者」は濃厚すぎるひどい話で末期戦ムードにおれ舌鼓

年若い脱走兵、大尉の軍服一発で下剋上に大成功!


1945年4月、第二次大戦での敗色が濃厚となったドイツ領内。年若いドイツ兵のヘロルトが、味方の舞台から追い回されている場面から映画は始まる。どうやら兵士は脱走兵で、命からがら自分の部隊から逃げてきたようだ。森の中に逃げ込み追っ手の憲兵隊を撒いた彼は、立場が同じ脱走兵と組んで農家から食料を強奪しようとするが失敗。万事休すという状況に追い込まれる。

フラフラになりながら道をさまようヘロルト。
彼はそこで、頓挫していた1台のベンツを発見する。その中でヘロルトが見つけたのは、大尉の階級章といくつかの勲章がついた空軍地上部隊将校の制服だった。それを着て大尉になりすましたヘロルトは、原隊からはぐれた兵士フライタークを成り行きで部下に加える。さらにヘロルトは近所の農家に居座っていた空挺部隊の兵士たちをも指揮下に入れ、「総統からの特別任務を遂行する」というその場しのぎの出まかせのために、あてのない移動を開始する。

野戦憲兵に対しても居丈高に対応し、次第に「大尉」としての行動も板についてくるヘロルト。しかし彼と彼の部隊は、些細な行きがかりから脱走兵や犯罪を犯した兵士たちを集めた収容所へと赴くことになる。
収容所の管理を任されている突撃隊員の間には、ドイツ軍の劣勢からヤケクソ気味な鬱憤が溜まっていた。収容所の荒んだ状況を見定めたヘロルトは、「総統から命じられた任務」としてとんでもない行動に出る。

困ったことに実話を元にした映画である。なので、他人の軍服を勝手に着て大暴れしたドイツの脱走兵というのは実在する……ということになる。とにかく劇中にものすごく大量の問題提起を含んでいる作品であり、見た後本当に暗澹たる気分になる。

問題提起ということで言えば、『ちいさな独裁者』はヤケクソ気味なハッタリの凶悪さを描いた作品である。
なんせこの作品は、度胸とハッタリだけで大尉のフリをする脱走兵の映画だ。ノープランでいきなり収容所に乗り込んでいって、口から出まかせだけでその場を乗り切るついでに人間が死にまくる話なのである。

この映画には、わかりやすい善玉や被害者が一人も登場しない。だいたい、収容所に放り込まれているのはユダヤ人とか異民族とかではなく、同じドイツ軍の脱走兵や犯罪を犯した兵士なのだ。収容所の管理を任されているのも権威主義者のおっさんや暇かつ前線では使えなさそうな突撃隊員。つまり、画面に出てくるのは開き直った悪人とバカと犯罪者と権威主義者のオンパレードということになる。
そんな状況で、自分に自分で箔をつけて権威化し、最も強力なハッタリを言った奴が勝つというデスゲームが始まってしまう。

さらに言えば、敗戦直前のドイツという全体の状況自体のヤバさも印象に残る。なんせ祖国は敗北寸前、脱走兵だろうがそれを取り締まる側だろうが、生き延びられるかどうかで言えばどっちもすぐ死ぬ可能性の方が高い。どうせ死ぬならと一か八かで脱走する奴もいて当然だし、生き延びられないなら何をやっても一緒だろうと虐殺に走る奴もいる。『ちいさな独裁者』のストーリーの前提には「後がない」「未来がない」という状況のヤケクソ感が濃厚に漂っている。

ヘロルトは、この敗戦直前のドイツのヤケクソな状況にすっぽりと収まってしまう。
原隊とはぐれてフラフラしている兵士を適当に集めて「我々は特殊部隊だ」「総統からの任務を仰せつかっている」と自信満々に言い放つ。なんせ1945年の4月である。実際にヒトラーがどういう指示を出していたかを戦線後方からいちいち確認するのは難しいし、第一確認したところでほとんど意味などない。どうせ全員すぐ死ぬのである。大体、ヘロルトは実際に大尉の軍服を着ているのだ。疑う方がおかしい。
かくして、戦線から離れたドイツの片隅で、ゲンナリするような地獄絵図が誕生してしまうのである。

全国の末期戦ファンの皆さん、この映画は見た方がいいですよ……


ミリタリーマニアには「末期戦のひどい話を聞くと『なんてひどい話なんだ……』と、なんだか嬉しくなってしまう」という最悪な嗜好が存在する。正直な話、おれも戦争に負けそうになっている国のひどい話を見たり聞いたりすると「ひ、ひどい……!」と思いながらなんとなく暗い喜びを感じたりする。ある種のゲテモノ食いというか、怖いもの見たさ的な面白さの摂取方法である。

そういう目線でいうと、『ちいさな独裁者』に漂う濃厚な末期戦のムードはたまらないものがある。ヘロルトはもともと空軍地上部隊(本格的な陸軍の兵隊と比べると格下の部隊だ)の脱走兵だし、ヘロルトと途中で合流する兵士も空挺部隊の連中(大戦初頭ではエリート部隊だったものの、途中から質が激しく劣化した部隊)だ。敵と戦わず異常な執念で同胞を追い詰めまくる野戦憲兵や、とりあえず制服は着てるものの明らかに薹が立ってて前線では戦えなさそうな突撃隊員などなど、出てくる連中が全員まともな兵隊ではないのである。制服や装備の汚れ方やヘロヘロな着こなしも末期的ムードに拍車をかける。正直「あ〜これぞ末期戦だ……いいなあ……」とウットリしてしまった。

さらに言えば、出てくる兵隊の顔にものすごく末期感がある。完全に調子に乗った若造そのものといった感じのヘロルトや、フライタークのしょぼくれた中年感。ふてぶてしい空挺部隊の兵士たちや凶悪そうな野戦憲兵や突撃隊員たちと、どいつもこいつも実に末期的というか、安彦良和先生の漫画のようないい面構えである。どうやってあんな顔の役者ばっかり見つけてきたんだと感心してしまった。

描かれているのは本物の地獄のような事態なのだが、とにかくこの末期ドイツ軍的ムードが濃厚で、なんだかそちらの方の嗜好まで満足させられてしまった。こんな映画でそんな嬉しがり方をしてていいのかという疑問もあるが、げに度し難きはミリオタの趣味嗜好である。末期戦と聞くとちょっとだけ嬉しくなってしまう皆様には「この映画、けっこうイケましたよ……」とそっと耳打ちしておきたい。
(しげる)

【作品データ】
「ちいさな独裁者」公式サイト
監督 ロベルト・シュヴェンケ
出演 マックス・フーバッヒャー ミラン・ペシェル フレデリック・ラウ アレクサンダー・フェーリング ほか
2月8日より全国公開

STORY
1945年4月、脱走したドイツ兵ヘロルトは道で大尉の軍服を偶然入手。生き延びるためその軍服を着たヘロルトは同じように原隊を離れたドイツ兵を味方として集め、即席で部隊を編成して行動を開始する