日本人の平均寿命は、女性が87.32歳、男性は81.25歳で、いずれも過去最高を記録している。(2018年の日本人の平均寿命/厚生労働省発表)

男女で比べると約6歳の差。パートナーのどちらかが先にこの世を去ってしまうことは避けられない。

『72歳、妻を亡くして三年目』(幻冬舎)の著者である医学博士・西田輝夫さんは現在72歳。医学部の教授職を63歳で定年退任し、66歳で完全に公職から退くが、定年後に妻をがんで亡くす。「自分が先に死ぬもの」だと思っていた西田さん。家事を妻に任せっきりだったため、妻亡き後の狼狽ぶりを前作『70歳、はじめての男独り暮らし』(幻冬舎)で綴っている。

今作では、それから3年以上が経った今、西田さんが前を向いて歩き出し、自身の「死」へ向き合いながらも、人生を楽しんでいる様子が描かれている。そんな西田さんに今、行っている「断捨離」や日々の生活などについて聞いた。

『72歳、妻を亡くして三年目』(幻冬舎)
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妻がいなくなって一番苦労したこと

料理、洗濯、掃除の経験がほぼゼロだったという西田さん。妻亡き後は、妻のしていた通りに家事などを行っていたが、3年も経ってくると自分なりに工夫できるようになってきたという。

生活を営む上で欠かせない家事に苦労していたことが著書でも触れられているが、そんな中でも一番苦労したことは何だろうか。

「闘病中にある程度の説明は受けていましたが、実際に(妻が)いなくなるともう二度と聞くことができません。さまざまな書類などの公的なものに加え、日常生活で必要なものの場所を家の中で探すのに結構な時間が掛かりました。着るものなどは、季節によって収納してある場所が異なります。1年掛けて、必要に応じて冬物や夏物を探し出してくるしかありません。

何年かに一度必要なものなどは、必要な時が来ないと分かりませんから、4年経った今も続いています。毎日の生活では、やはり家事です。三食の食事と身に付ける下着や洋服などの管理と洗濯が一番の問題でした。掃除も結構な時間をとるものだということが初めて分かりました」

西田さんが行う4つの『断捨離』

こうした中、西田さんは悲しみに暮れているばかりではなく、心と生活環境を再構築するために「断捨離」することを決める。

亡くなった人の思い出が詰まったものを捨てることは決心がいることだが、「断捨離」をする前と後で心・住環境の変化などはあったのだろうか。

まず、「『断捨離』にはいろいろな種類があることが分かりました」と話し、西田さんなりの『断捨離』を4つに分け、その時々の心境を明かしてくれた。

(1) 二度と使うことのない、妻が使っていたり(化粧品やきれいな包み紙など)保存していた物の整理

「比較的捨てやすいものですが、それでもその中に妻への想いや思い出が混じり、なかなか決心がつきませんでした。友人が第三者の目で『もう絶対に使わないから』と言って思い切って捨てるように背を押してくれたこと、実際に捨ててみても心にあまり変化がないことなどを体験して、それ以後は積極的に捨てることができました。ただ、ハンドバッグやアクセサリーなどは、なかなか捨てる気にならないものです。妻と親しかった方々に、形見分けとしてお使い頂くことで差し上げましたが、焼却所に行くのではなく、どこかで妻の思い出とともに使って頂いているという気持ちを持てたことはありがたいことでした」

(2)妻との思い出の品々

「最初の2年間は全く『断捨離』できませんでした。今でも、昔一緒に旅したときの写真などを眺めることがあります。ただ、時間の経過と共に、思い出の品を介して昔元気だった頃の妻を思い出す必要はなく、心の中にこれらの思い出は全て残っていることに気づき始めました。その頃から、思い出の品も気に入ってくださる方がおられたら、差し上げるようにしています」

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(3) 一般的に行われている、生活を簡素にしたり、部屋の空間を確保するための断捨離

「独りで生活していく上で、家の中での事故や怪我などを最小限にするためにも室内を簡素にすることが大切だと気づきました。掃除も楽になります。残された私自身の人生の時間で、本当に必要な物は何かを考え、思い切って捨てることができるようになってきました」

(4)自分自身の死後のことを考えての整理(終活の一環)

「断捨離』するということは捨てることではないと考えています。不要な物を捨てるのではなく、人生の最後まで手元に置いておきたい物を選び出すという姿勢が大切ではないかと考え始めました。子どもたちとは離れて生活しています。私の死後、片付けをたぶん子どもらがしてくれるのでしょうが、その時には、今家の中にあるものは私にとっては何らかの意味や思い出のあるものでしょうが、子どもとはいえども、第三者にとってはただの紙切れだったり、飾り物に過ぎないのが現実で、ほとんど全ての物が遺品整理として一括りに捨てられる物となるでしょう。

『断捨離』というのは、実に時間を食います。それなら、ある程度『断捨離』が進んだ今となっては、これ以上『断捨離』に時間を使うのではなく、捨てて欲しくない物や自分の最後まで持っておきたい物を選ぶという作業が重要かなと考え始めました」

新しいお付き合いは新鮮で楽しい

さらに、西田さんは今まで自分がやったことのないことにも挑戦し始めている。

子どもの頃から苦手だった習字をやってみたり、文章を書いてみたり、料理レシピ検索サイトを使って家事を学び直してみたり。「歳だから…」と諦めることなく、前へと歩き続けている。

そんな西田さんは今後、挑戦したいことについてこう語った。

「間違いなく体力が落ちてきていますし、特に最近さまざまな病気が見つかってきました。これらは基本的に加齢に伴うもので受け入れるしかありません。体力が落ちたことから、運動などの体を使うことはできにくくなってきましたが、幸い机に座って本を読んだり、文章書いたり、習字をしたりという作業は苦労なくできます。このような座学が中心になると思います。

今までの人生では、ほとんどの時間は医学関係の本や論文を読むということでした。しかし、さまざまな方々の本を読んでいますと、まだまだ元気な間に読んでおきたい本がたくさんあることに気づかされました。

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昔から古典と言われている本を読んできたつもりですが、それでもまだまだ読みたい本があります。この世を去るときの心構えを整えるためにも、そして何よりも自分自身の人生をそれなりに納得できる形でまとめるためにも、読書を通じて先人の知恵を頂き、自分自身が納得できる自分の死生観を築き上げることが一番の挑戦のように考えています」

新しいことに挑戦することで新しい出会いが生まれる。妻を亡くし独りになったことで、誰とも話をしない日もあるというが、旧交を温めたり、新しい出会いにワクワクしたりしているという。高齢になるにつれ、人との交流や出会いは薄くなっていくと思うが、人との交流は西田さんにどのような影響を与えているのか。

「多くの友人や教え子たちに支えられている私はとても幸せだと思います、有難いことです。大阪時代、医学部卒業後に入った研究所の教え子から『あの頃は耐えられないと思うほど厳しかったですよ。でも還暦を過ぎて、あの頃自分はあれだけのことができたのだという経験があることがとても嬉しく思います』と言われました。

若い20、30歳代の頃に一緒に仕事した仲間がお互いに適当な年になって、今再び食事を共にし、盃を交わせることができるのはとても有難いことです。このような仕事と関連した人々とのつながりに加え、肩書きがなくなった自由の身になりますと、どなたとでもお話ができるようになってきます。新しいお付き合いが始まり、これがとても新鮮で楽しいものです。

できるだけお誘いがあれば出掛けていくようにしています。新しい出会いが楽しみです。今までの人生で経験したことのない話を伺ったりすることは、ボケ防止にもなると思います。その意味でも大切なことです」

不安よりも毎日楽しむことが一番

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世の中には「妻が先に逝ってしまったら…」と不安を抱えている男性も多いはず。そんな男性たちへ、西田さんからアドバイスをもらった。

「どちらかが先に逝くのは避けられません。未来に対しては常に不安はつきものです。今、一緒に過ごす時間を共有していることへの感謝を忘れないで、2人であるいは家族と一緒に毎日を楽しんでください、それが一番です。

どちらが先に逝くにしても、さまざまな公的な書類や情報(預金通帳や印鑑、実印、生命保険証書、不動産の登記簿、戸籍など)は、2人が元気なうちから共有しておいた方が良いと思います。死亡に伴うさまざまな公的手続きは案外大変です。例えば、戸籍謄本も出生から死亡時までのすべてを集めなければなりません。これらの情報がないと、探すだけでもとても時間がかかります。死んでしまうと二度と妻の頭の中にのみ存在する情報は手に入りません。

もちろん、掃除、洗濯、料理など家事も奥さんのやり方を学んでおく方がいいでしょう。でも、人間というのはいざとなると、どんなことでも克服できる強さを持っていると信じましょう。やろうとする気持ちから、またやらねばならない必要性からできるものです。不安を抱えることも大切でしょうが、2人が元気に過ごせる時間を思い切り有意義なものにして楽しむことがもっとも大切で、万一独りになったときの心の支えになります」

また、パートナーを亡くした親を子どもたちはどうサポートすればいいのか。

「妻または夫を亡くした親は、自分自身通ってきた道ですから、子どもたちの若い世代が今、子育てや仕事でどれほど忙しくそれなりの悩みを持っているかということは十分理解できます。ですから、無理をしてサポートしなくても良いかもしれません。もちろん、介護が必要となれば話は別ですが。

何よりも嬉しいものは『忘れていないよ、いつも心配しているよ』というメッセージ。メールでもLINEでも時々、『元気?』『こんなことがあったよ!』と写真一枚と一緒に簡単でいいですから、メッセージを送ってあげたら、それだけで十分だと思います」

西田輝夫
1947年生まれ、大阪府出身。医学博士。1971年に大阪大学医学部卒業後、米国ボストンのスケペンス眼科研究所に留学。1993年には山口大学医学部眼科学教室教授に。2010年からは山口大学理事・副学長を務め、2013年に退任。現在は、医療法人松井医仁会大島眼科病院監事、(公財)日本アイバンク協会常務理事などを務める

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プライムオンライン編集部
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