“4日連続で新規感染ゼロ” 感染押さえ込みは予定通り?でも拭えぬ不信感

3月21日、武漢で4日連続で新規感染者がゼロになった。中国政府はすでに事実上の勝利宣言をし、今は海外からの入国者による感染拡大の食い止めに重点を置く。

2月には毎日、千人単位で確認されていた国内感染者が、3月10日に 習近平国家主席が武漢を訪問する前後から急速に減少し、訪問から1週間ほどで武漢でも新規感染者がゼロになった。

中国メディアは、習主席の強いリーダーシップの元で感染に勝利した!と報じる。中国メディアでは、連日、感染との戦いを終えた医療関係者が武漢市民の感謝を受けながら地元に戻っているとのニュースを放送している。

武漢での応援を終えた医療関係者が凱旋し地元は大歓迎(ウェイボより)
武漢での応援を終えた医療関係者が凱旋し地元は大歓迎(ウェイボより)
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武漢を離れる応援医療団の特別搭乗券。搭乗口は”凱旋門”でフライトは”勝利号”(ウェイボより)
武漢を離れる応援医療団の特別搭乗券。搭乗口は”凱旋門”でフライトは”勝利号”(ウェイボより)

ただ、日本の麻生太郎財務大臣が「中国が出す数字は信用しないのが正しい」、アメリカのトランプ大統領が「本当か誰が分かる?」と疑うように、本当に感染者がゼロになったのか?と疑惑の目を向ける人は少なくないだろう。

中国のネットにも「今も感染者は出ているけれど報告されないと武漢の人が言っている」との声もある。もともと中国では地方政府による統計数字改ざんの“前科”があり、中国発表のデータに対する不信感がある。

既に感染収束までの壮大なストーリーができているのでは、と穿った見方が出てくるのもそのためだ。予定通り感染者がゼロになり、経済が元に戻り、習近平国家主席のおかげで感染に勝利――果たして、中国が描くシナリオ通りになっていくのだろうか。

”お帰り英雄たち”各地で武漢から戻った医療関係者を歓迎(ウェイボより)
”お帰り英雄たち”各地で武漢から戻った医療関係者を歓迎(ウェイボより)
応援に来ていた医療関係者らに”熱烈感謝”(ウェイボより)
応援に来ていた医療関係者らに”熱烈感謝”(ウェイボより)

“無症状の感染者は感染者とカウントしない“市民は政府に不信感

「昨夜、新たな感染者が出た。外出を控え注意を」すでに新規感染者はいないと発表されている20日、武漢のある住宅地で、こんな張り紙が出され、ネット上にも出回った。62歳の男性が前日19日に陽性判定されたというのだ。ただ男性は咳や発熱などの症状はなかった。地元政府は、中国政府が2月に示した“陽性だが無症状の人は感染者とカウントせず人数も公表しない指針”により感染者とされなかったが、住宅地側が間違って張り紙を出した、との調査結果を公表した。

”昨夜、新たな感染者が出たので注意を”武漢の住宅地に張り紙が(ウェイボより)
”昨夜、新たな感染者が出たので注意を”武漢の住宅地に張り紙が(ウェイボより)

この他、ネット上には、武漢にはまだ感染者が出ているとする文章も出回った。「ある住宅街で2例出た」「別の住宅街でも新規感染が出ている」などの内容だ。これにも地元政府は素早く調査を行い、一部は既存の患者だなどと噂を否定する一方、1つの例については「感染者だが指針に従いカウントしない」と発表した。つまり、陽性の患者はいるが、統計手法を理由に、いないことになっているとしたとも言える。

ネットには「無症状でも周りにいたら感染するのでは?」「確かに周りに最近感染した人はいる」「無症状感染者はいるが政府の要求に合わないからカウントされない」「武漢市の発表は一言も信用出来ない」と不信感が溢れている。

あとは患者が退院してゆくだけ?もう新たな感染者はいない?(ウェイボより)
あとは患者が退院してゆくだけ?もう新たな感染者はいない?(ウェイボより)

統計は一定の条件のもとでやるしかないが、無症状でも他人に感染させる恐れがある中、陽性なのにカウントされていないとしたら、実際に感染拡大が抑えられているのか不安は感じる。

一方、中国ではそれに加え、統治システムが抱える問題から、「感染者ゼロ」が作り出されているのでは、、とさらに不安を感じさせる指摘が専門家から出た。

「1人の感染者も許されない」中央の厳しい圧力に地方は萎縮し・・・

3月15日、経済の専門家である北京大学国家発展研究院の姚洋院長が、論文『疫病との戦いから見る統治システムの現代化』を発表し、現体制の問題点を指摘した。この研究院は中国の社会科学や経済を研究するシンクタンクで政府に近く、このような批判は異例だ。

論文は、中国政府が、経済への深刻な影響が出る中で一刻も早い企業活動の再開を進めようとしているが進まない背景について指摘している。
姚院長は、その理由として、「地方の末端の当局者は、“1例の感染者も出してはならない”と指令を受けており、出した場合は処分される。このような状況で誰が思いきった経済対策をやろうとするだろうか」と強調する。

また、山東省の刑務所で感染が広がり、関係者が解雇されたことにも触れ、「彼らには専門知識はなく、ミスをなくすことはかなり難しい。私達は仕事上のミスは許せるといえるが、この処罰は、ミスは許されないというシグナルを送ることになった」と指摘した。

そのうえで「だから、このような圧力のもとで、感染対策で市民の家に行き麻雀台を壊すような過激な行動が起き、(市民を家から)引っ張り出してビンタするような過激な行動までも起きたのだ」、と分析する。

トップからの指示を受け地方政府には半端ないプレッシャー?(ウェイボより)
トップからの指示を受け地方政府には半端ないプレッシャー?(ウェイボより)

つまり、地元で感染者を出せば処分される、とプレッシャーを受けている地方政府は萎縮し、肝心な経済の復興に自主的に取り組めなくなっているとの批判だ。論文はその上で、「地方政府に自主権や実権を与えるべきだ」と訴えた。

この論文の指摘から感じられるのは、地方政府は誰もが、至上命題である“感染者ゼロ”、ありきで行動するようになるため、実際には感染者がいても絶対に表に出てこないのでは、という疑念だ。処罰を恐れる地方の役人達が保身に走り、正確な情報を上に報告しない(感染者が出ても隠す)、ということが起きるのは中国では容易に想像できる。

中央政府による厳しい統治がもたらす弊害に今後も世界は巻きこまれる

今回の感染拡大では、1月に武漢市長が中国メディアに対し「上の許可がないと情報を発表できない」という趣旨の異例の発言をした。感染情報があったとしても、中央の厳しい統制の元、地方政府は“上”の顔色を伺いながら指示には従い、自ら発表するなど余計なことは出来ない、ということだ。

ちなみに普段、私達が様々な取材の申請をする際も、当事者はオッケーだが、上に確認を…さらに上の許可を得ないと…と、どんどん責任の所在が上がって行くことはしばしばある。下の人間は、自分が許可を出して何か問題が起きたら処分されるかもしれないと警戒し、そうした恐れのあることはしない、という“事なかれ対応”に出くわすことが多い。

12月末に警鐘を鳴らした医師の声を抑え込まなければ、感染拡大は抑えられた(ウェイボより)
12月末に警鐘を鳴らした医師の声を抑え込まなければ、感染拡大は抑えられた(ウェイボより)

広大な国の統治には厳しい統制が必要かもしれないが、北京大の姚院長が指摘するように、地方の省や都市の政府にある程度、自由に判断し行動する権限を与えないと、問題が起きた時に肝心な情報がすぐに政府に上がってこない恐れがある。今回の感染も、12月末に武漢の医師らが警鐘を鳴らした際に情報が発信されていれば、中国国内も世界各国ももっと素早く対応出来たのは言うまでもない。

中国が感染情報を隠蔽して世界的に影響を与える、という構図は、2003年のSARSの時から変わっていない。今の息苦しい体制が続けば、近い将来、同じことがまた繰り返される恐れがある。

(執筆:FNN上海支局 城戸隆宏)

城戸隆宏
城戸隆宏

FNN上海支局長