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.国際  投稿日:2016/9/17

フィリピン米国離れ中国接近の真相 ドゥテルテ大統領のしたたかさ その2


大塚智彦(Pan Asia News 記者)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

■「新たな独自外交」への布石なのか

だが、こうしたフィリピンの「米国離れと親中」というこれまでの外交機軸の転換は本当なのだろうか。これを読み解くカギはこれまでのドゥテルテ大統領と外務省、大統領府の絶妙のコンビネーションにあるといえそうだ。

9月15日、訪米したフィリピンのヤサイ外相はワシントンでの講演で南シナ海問題に関して仲裁裁判所が下した裁定について「最終的なもので拘束力がある。現在の海上領域における国際的な基準だ」としたうえで中国が裁定を無視する限り「(中国と)対話する用意はない」と明言した。

この発言はラモス特使の派遣が「中国との2国間だけの協議で南シナ海問題の解決を目指すものではない」とのフィリピンの思惑を示したといえ、ラモス特使を「2国間協議の窓口」と理解して歓迎する姿勢を示している中国側との間で認識のずれがあることを浮き彫りにしたといえる。

こうした事例が示すようにフィリピンの外交は、ドゥテルテ大統領が過激な発言で物議を醸し、その後外相や外務省、大統領府などがその発言の真意や背景を改めて説明して誤解を解き、火消しに努めて理解を求めるという「手法」を繰り返している。このドゥテルテ流あるいはフィリピン流に今後を占う「カギ」が隠されているようだ。

フィリピンの英字紙「インクワイアー」はドゥテルテ外交の真髄を「ダメージコントロールと忍耐に基づく新たな独自の外交戦略」と位置付けた。どういうことかというと、ドゥテルテ大統領は「厚かましく、ずうずうしく、粗野で無礼で大胆、そして誤解を招きやすい」と辛らつながらかなり正確に分析し、そのうえで大統領の発言や行動の真意を巡って外交当局や大統領府が「ダメージを修復したり、誤解を解いたりと懸命にコントロール」しながら、内外に「新しくそして独自のフィリピン外交」への理解を求めている、のだと解説する。

 

■「確信犯、ピエロ」は中国も手玉か

 懇意のフィリピン人記者は「新外交戦略」を「これまでの米国べったりのフィリピン外交とは一線を画し、何でもかんでも言いなりにはなりません、独立国として言うべきは言う、やるべきはやります。それは中国に対しても同じで、もらうものはもらいます、でもダメなことはダメです。なめてもらっては困ります」ということだと解説する。

つまりドゥテルテ大統領の数々の暴言、失言、ピエロ的な行動すら国内麻薬犯罪者への容赦ない強硬策と同じ「計算に基づく確信犯的言動」というのだ(いささか自国の大統領だけに甘い見方とも言えなくもないが)。そして米国、中国すら手玉に取ろうとするその「新外交戦術」には確固とした国民の支持とそれに基づくしたたかさがあると指摘する。

 

 ■国民の圧倒的支持としたたかな気質

ドゥテルテ大統領は9月5日、ASEAN首脳会議出席のためフィリピン・ダバオ空港を出発する際、空港での会見で「私はフィリピン国民に選挙によって選ばれた大統領だ。だから国民の言うことは聞くが、他国の言うことは聞くつまりはない」と明言した。もっともこの言葉に続いて「フィリピンは独立国家であり、米国の植民地ではない。オバマ大統領は何さまのつもりだ」と続けて物議を醸したのだが。

この「国民に選ばれた大統領である」という意識がドゥテルテ大統領の一連の強気の発言、麻薬犯罪取り締まりに殺人さえ厭わない強硬策などを根底から支えているのは間違いない。圧倒的多数で大統領に選ばれ、その後も80%以上の国民の支持率を維持していることが「何よりドゥテルテ大統領のパワーの源」(地元紙記者)というのだ。

ドゥテルテ大統領のこれまでの言動をその表面だけを見る限りは、「傍若無人」「傲岸不遜」「唯我独尊」「遠慮近憂」などという四字熟語で表現できそうだ。しかし、これまでみてきたような分析や解説を考えると、こうした評価は実は的確ではなく、実態は「臨機応変」「変幻自在」「奇策妙計」「深謀遠慮」などという表現が相応しいのではないか、とすら思えてくる。

ASEAN首脳会議でオバマ大統領にみせた態度にフィリピン国民は「拍手喝采」し「溜飲を下げた」という。さらにフィリピン共産党も「我が国の国内問題に介入しようとする米などに堂々と異議を申し立てた初めての大統領だ」と高く評価した。これはドゥテルテ大統領に「オバマ大統領はすでに去ることが確実な大統領で、11月の大統領選の結果を見据えたうえでの行動」という、言ってみれば「もう(大統領任期の)先が長くない人だから」との思いがあったからともいわれている。

このようにあれこれ米国には言いながらもその一方で「同盟国との関係は変わらない」「フィリピン外交の基本的な立場や基軸に敵的な変化はない」「フィリピン社会は親米社会であり、中国が入り込む余地はなく、国民はいかなる場合にも中国より米国を選択する。米国が好きだからだ」などとメディアを動員してのラブコールも忘れない。

これこそが東南アジア流、いやスペイン、米国、日本など歴史的に外国勢力に植民地化され、占領されながらもしぶとく生き抜いてきたフィリピン流の「したたかさ」といえるだろう。今年の天皇皇后両陛下によるフィリピン訪問が両国関係の新たな絆となった日本が今するべきことがあるとすれば、「混迷増幅」、「米比の亀裂が中国を利する」「南シナ海の要を自覚せよ」などと上から目線でドゥテルテ大統領への批判を繰り返すだけでなく、同じアジアの一員として真摯にフィリピン国民の声に耳を傾けて理解する努力をすることだろう。などと考えることもひょっとすると見事に手玉にとられた結果なのかもしれない。

その1もあわせてお読み下さい。)


この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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