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.国際  投稿日:2018/6/19

日本の安全保障政策見直し必至


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2018#25

2018年6月18-24日

【まとめ】

・朝鮮戦争休戦協定後の“1953年体制”が東アジアの安定をもたらした。

・トランプ氏の衝動的外交政策決定で米の国際的影響力は地に落ちる。

・北朝鮮は核兵器開発止めず、日本は安全保障政策見直し必至。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては写真説明と出典のみ記されていることがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttp://japan-indepth.jp/?p=40499でお読みください。】

 

6月12日に行われた米朝首脳会談から一週間経った。今も各国メディアはあの異様ともいえる余韻の中で侃々諤々の議論を報じ続けている。確かに個々の短期的結果は重要だろうが、筆者はあの米朝首脳会談が持つ中長期的インパクトにより関心がある。特に注目すべきは65年前の朝鮮戦争休戦協定ではないか。

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▲写真 朝鮮戦争停戦協定に署名する金日成朝鮮人民軍最高司令官 1953年7月 出典:不明 Public Domain

朝鮮国連軍、朝鮮人民軍、中国義勇軍の司令官が署名したこの合意は朝鮮半島分断を固定化しつつも、東アジアに一定の安定をもたらした。その安定が日本の戦後復興、韓国の漢江の奇跡、中国の改革開放を可能にした。筆者が1953年体制と呼ぶこの安定の枠組は、今日までこの地域の平和と安定を支えてきたのである。

米朝首脳会談はこの1953年体制なる安定要素に如何なる影響を及ぼすのだろうか。これについて論じたのが今週木曜日の産経新聞コラムだ。詳しくは同コラムに譲るが、トランプ氏がそのことをどこまで理解した上で交渉を行っているのか、実に疑わしい。恐らく何も考えていないのではないか。

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▲写真 米朝首脳会談後のトランプ米大統領記者会見 2018年6月12日 出典:facebook : White House (Official White House Photo by Joyce N. Boghosian)

この調子でトランプ氏が衝動的外交政策決定を繰り返せば、恐らく、

①米国の国際的影響力や指導力は地に落ち

②それを見て中露が狂喜乱舞し

北朝鮮は核兵器開発を予定通り秘密裏に進め

④中東のテロリストたちは新たな作戦の準備を開始するだろう。

その時、

⑤欧州、アジア、中東の同盟国は米国なき自由陣営を如何にグローバルレベルで維持するかについて最終的に合意できず、右往左往する

だろうことは目に見えている。それでも共和党が大幅に議席を失う兆候はない。トランプ氏の支持率は下がるどころか、上昇すらしているという。

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▲写真 米朝首脳会談 北朝鮮金正恩書記長とトランプ米大統領 2018年6月12日 出典:facebook : White House (Official White House Photo by Shealah Craighead)

2020年にトランプ氏が再選されれば、こうした現状が更に4年続くことになる。米国の統治機構は既に確実に壊れ始めているが、トランプ氏の再選で米国が統治能力と政治指導力を不可逆的に喪失する可能性一層高まるだろう。1953年体制が変質すれば日本の安全保障政策の見直しは必至だが、そうなっては最早手遅れなのだ。

 

〇 欧州・ロシア

18日に英国議会上院がEU離脱法案を採決する。19日には仏独首脳が会合しEU改革案を話し合う。21日にはユーロ圏諸国がギリシャ債務問題を議論する。・・・要するに欧州は変わらないということか。それとも、ワールドカップの最中でそれどころではないということか。21日に韓国大統領が訪露する。文在寅大統領は必死だ。

 

〇 中東・アフリカ

ラマダンは明けたが、イラク内政は混乱が続けている。5月の総選挙後の連立政権発足に向けた交渉が纏まらないのだ。アバディ前首相の「勝利連合(ナスル)」は第三党に後退し、代わってシーア派の非妥協的法学者ムクタダ・サドルの政党連合が第一党に躍進したのだから仕方がない。

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▲写真 ムクタダ・サドル師 出典:Wikiwand

昔からサドルは妥協を嫌う難しい政治家だったが、彼が第一党の代表となれば、政治が混乱するのも当然だ。新政権の課題が経済改革の推進や非効率補助金の廃止、腐敗利権ネットワークの解体という点でもイラクは全く変わっていない。いつになったらイラクに安定した新政権ができるのか。このままでは未来永劫難しいだろう。

 

〇 東アジア・大洋州

今週も朝鮮半島では南北会合が目白押しだ。18日にはスポーツ交流について、22日には赤十字関連会合が開かれる。こうした会合が続く限り戦争にはならないが、同時に核兵器の開発も中止されないだろう。本当にこんなことを繰り返して成果が出るのだろうか。今は誰もこの正論を吐く勇気を持ち合わせていないようだ。

 

〇 南北アメリカ 

米中だけでなくトランプ政権の対外貿易戦争は今後も欧州や北アメリカで続きそうだ。6月22日には自動車関税に関するパブリック・コメントが締め切られる。最悪の場合、輸入普通車・トラックに高関税が課される可能性がある。

続いて30日には米財務省が投資制限の対象となる中国企業のリストを公表する予定だ。中国人に対するビザの制限、中国企業によるテクノロジー関連投資の制限などが検討されているという。

7月に入ると1日にカナダの対米国製品報復関税が発効し、同日にはメキシコ大統領選がある。その後もEUによる報復関税が発効しそうなので要注意だ。19、20日には通商拡大法232条に基づく自動車輸入に関する公聴会が開かれる。すべては中間選挙のためということだが、本当にそれだけで良いのだろうか。

 

〇 インド亜大陸

特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きはキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。 

トップ画像/日米首脳会談 安倍晋三首相とトランプ米大統領 2018年6月7日出典:facebook : White House (Official White House Photo by Joyce N. Boghosian)


この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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