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.国際  投稿日:2019/1/9

韓国レーダー照射問題 20年前の外交の失敗が遠因 ~日本海の波高し~その1


岩田太郎(在米ジャーナリスト)

【まとめ】

レーダー照射を日本への中朝韓連携の揺さぶりとして考えると辻褄が合う。

日本のEEZ内だが、治外法権状態が許された暫定水域で発生。

これが20年前の金大中氏の「未来志向的な関係の発展」の帰結。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトでお読みください。】

 

韓国海軍の最新鋭駆逐艦「広開土大王」が2018年12月20日、海上自衛隊のP1哨戒機に対して敵対的な火器管制レーダーを照射したとされる問題は、互いに「自国が被害者」とする日韓の言い分が噛み合わず、紛糾している。

 

実務レベルでうやむやな形に落とし込んで解決する兆しも見られるが、日本側からこの事件を見た場合、この問題の全体像をつかむには大きく分けて次の3つの背景を理解する必要がある。

 

①事件が起こった大和堆(やまとたい)の排他的経済水域(EEZ)の地位が最終確定できない原因である竹島領有権問題と、韓国を信頼して日本EEZ内に日韓共同管理海域を設けた20年前の失敗。

②日本のEEZ内であるはずの大和堆海域における韓国海洋警察や韓国海軍の「主権実力行使」の増加による、将来的かつ継続的な日韓衝突の可能性

③この事件や慰安婦問題、徴用工賠償命令、竹島問題など一連の韓国側の挑発で日本の世論が冷静を失って嫌韓論や断交論が高まることで、韓国が日米韓同盟を放棄する大義が立ち、中国を宗主国と仰ぐ北朝鮮主導の半島統一が達成しやすくなり、日本の目前である玄界灘に統一朝鮮との軍事境界線が迫る危険性

 

これらは相互に密接に関連した事象である。以上を踏まえると、レーダー照射問題「日本に対する中朝韓連携の揺さぶりの一環」として考えると、多くの点で辻褄が合うのだ。連載3回にわたり、背景と解決策に迫る。

 

■ 日本EEZに韓国海警と海軍がいたわけ

 

ここで、一般メディアであまり考察されない基本的事実から考えてみよう。防衛省の発表によれば、神奈川県の海上自衛隊厚木基地所属のP1哨戒機が12月20日午後3時ごろ、「石川県の能登半島沖にある我が国のEEZ内の大和堆上空」で韓国海軍の「広開土大王」から危険な火器管制レーダーの照射を受けた。

 

一方、韓国の国防部はレーダー照射を否定し、逆に海自機が威嚇的な飛行を行ったと主張、事件が「竹島から100キロメートルの韓日EEZ中間水域」で起こったとしている。日韓両国とも、事件現場の正確な緯度経度は発表していない。そこには、日韓のEEZが、数百キロメートル南西に位置する竹島の領有権争いのために広大な部分で重複し、現在に至るまで最終的に定まっていないという事情がある。

 

まず、日本政府はなぜ「能登半島沖のEEZ内の大和堆」などという、あいまいな表現を使うのか。水深が浅く、イカやズワイガニの絶好の漁場である大和堆の大部分は、韓国が竹島領有を認められたとしても基点から200海里(約370km)以遠の、純粋に争いのない日本のEEZ内にある。(ごく一部は竹島領有を根拠に韓国がEEZを一方的に設定し、日本のEEZと重複する区域内にある)。

画像)大和堆と暫定水域の位置関係

出典) 鳥取県農林水産部水産振興局水産課

 

今回の事件では、韓国政府が「事件は韓国のEEZ内で発生した」とは一言も主張しておらず、「竹島から100キロメートル」地点(その海域は大和堆には含まれず、かつ韓国の主張する韓国EEZ内であるため、故意の誤りだろう)だとしている。

 

このことから、事件海域が法的地位に争いのない、日本のEEZ内であったことが示唆されている。ではなぜ、日本のEEZ内でありながら現場に「救助を待つ」北朝鮮漁船と、「救助中」の韓国海警、さらには韓国の軍艦までが航海していたのか。

 

それは、当該海域が、①韓国漁船に操業が許可され、②韓国海警が自国漁船への主権行使行為である取り締まりを行えるという、一種の治外法権状態が許された、いわゆる「暫定(ざんてい)水域」であるからだ。

 

日韓両政府が、暫定海域で日本側が被る不条理や不平等性について、それぞれの事情で日韓国民に知らせたくないため、両国のメディアの報道だけでは全体像がつかめないのである。

 

■ 現実化した20年前の懸念

 

なぜ純粋に日本のEEZである海域で、そのような変則的な国際漁業秩序が生まれたのか。そこには安易な政治的妥協で、韓国の漁船操業と海警による主権行使を認めてしまった、日本版の「太陽政策」の失敗が隠れている。

 

さらに、その妥協の背景にある日韓漁業問題は、1952年1月18日に「大韓民国隣接海洋の主権に対する大統領の宣言」により一方的に設定した韓国と周辺国との間の水域区分と資源と主権の保護のために引いた海洋境界線「李承晩ライン」をめぐる争いに端を発し、今日に至るまで常に係争がある歴史的な因縁に根差している。

 

こうした不正常な事態を、金大中元大統領が1998年10月に国賓として来日して、「21世紀に向けた新たな日韓パートナーシップ」の構築を打ち出す前に急いで解決しようと、当時の小渕恵三政権が日本の漁業関係者に意見も求めず、勝手に暫定水域の設定で「解決」したことが、今回の事件の遠因である。

 

歴史的な日韓漁業問題で日本に人的・物的損害を与え続けていた韓国を信頼し、資源豊かな大和堆の45%の区域の排他的権利を事実上、半分分け与えたために、韓国が日本の排他的EEZを自国の排他的EEZのように看做すようになった。事実、韓国漁船は日本EEZ内でほぼ自由に操業して乱獲を行い、韓国海洋警察だけでなく韓国海軍までがわがもの顔で主権を行使するようになった。

画像)絶好の漁場である大和堆や新隠岐堆は、日韓暫定水域に組み込まれている。

出典) 日韓暫定水域におけるベニズワイガニ資源配分

 

係争中の竹島を暫定水域に組み込んだこの合意は、不平等な取引であった。韓国側が竹島について「妥協」をして(そもそも竹島は日本領なので、実は言いがかり)、日本漁船の操業を「許可」した暫定水域では、日本側が事実上締め出されている。

 

日本は「名」を取って実を失い、絶好の漁場である大和堆や新隠岐堆での漁業と日本EEZにおける自国船への主権行使を獲得した韓国は「実」を取った形だ。そうした日本外交の大失敗によるさらなる問題の悪化に蓋をするため、現在の安倍晋三政権は事件現場の位置を正確に国民に知らせず、「能登半島沖のEEZ内の大和堆」などと呼んで、ごまかしているのだ。

 

■ 問題先送りの「知恵」がもたらす危機

 

暫定水域設定の事後承認のような形で行われた1998年11月の国会審議では、日本海を漁場とする船団を抱える地元県の与野党の議員らから政府批判が相次いだ。

 

福井県の故・辻一彦元衆議院議員(民主党)は、「金大中韓国大統領が訪日されるということで、非常に慌ただしく合意をした。(中略)国内漁業者の意見を十分聞くことなしに妥結をした、交渉をやった。(中略)譲り過ぎである。(中略)もっと時間をかけてやれば暫定水域をあれだけ拡大しなくても済むのではないか、こういう感じが非常に強くする」と指摘した。

 

そして辻氏は、核心に斬り込んでゆく。

「竹島という、領土問題を避けるための両国の絞った知恵であったと思いますが、暫定水域を大和堆まで拡大して取り込む必要がなぜあったのか」。

 

これに対して交渉責任者の高村正彦外務大臣は、真実の答弁を行った。

「日本側として、これの必要性があったわけではもちろんないわけであります」。

 

南北朝鮮の和合という「太陽政策」を掲げ、北朝鮮の金正日朝鮮労働党中央委員会総書記に5億ドルという大金を貢ぎ、現在の北朝鮮核武装の礎を築いた金大中大統領への妥協や暫定水域という「おみやげ」はまったく必要なかった。

 

それは「知恵」ではなく、金大中氏とその直系の弟子である故・盧武鉉元韓国大統領や文在寅現韓国大統領に脈々と受け継がれる、北朝鮮との統一および覇権国家中国との冊封関係の復活を側面から支援し、日本に軍事的・政治的な厄災をもたし続ける「危機の種」を蒔いた決断であったのだ。

 

事実、暫定水域では日本が韓国漁船の漁獲量の規制を行えず乱獲が横行し、韓国ばかりでなく北朝鮮漁船までそれに加わり、それを「保護」「救助」する韓国海警や韓国海軍など南北の「半島勢力」の海賊的な活動が活発化する一方だ。

 

そうした文脈において、韓国軍による自衛隊への軍事的敵対行為は起こるべくして起こった。これが、20年前に金大中氏が唱えた「未来志向的な関係の発展」の帰結である。

 

連載2回目の次回は、暫定水域における南北「半島勢力」の活動の軍事化・政治化の実態に迫る。

 

(その2に続く。全3回)

 

トップ写真)韓国海軍の広開土大王

出典)撮影:Republic of Korea Armed Forces)CC BY-SA 2.0)


この記事を書いた人
岩田太郎在米ジャーナリスト

京都市出身の在米ジャーナリスト。米NBCニュースの東京総局、読売新聞の英字新聞部、日経国際ニュースセンターなどで金融・経済報道の訓練を受ける。現在、米国の経済・司法・政治・社会を広く深く分析した記事を『週刊エコノミスト』誌などの紙媒体に発表する一方、ウェブメディアにも進出中。研究者としての別の顔も持ち、ハワイの米イースト・ウェスト・センターで連邦奨学生として太平洋諸島研究学を学んだ後、オレゴン大学歴史学部博士課程修了。先住ハワイ人と日本人移民・二世の関係など、「何がネイティブなのか」を法律やメディアの切り口を使い、一次史料で読み解くプロジェクトに取り組んでいる。金融などあらゆる分野の翻訳も手掛ける。昭和38年生まれ。

岩田太郎

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