【スペシャル対談】山下泰裕氏×渡辺元智氏 「負けから学ぶ」

 2020年東京五輪に向け、日本オリンピック委員会(JOC)選手強化本部長に抜てきされた1984年ロサンゼルス五輪柔道無差別級金メダリストの山下泰裕氏(60)=東海大学副学長=と横浜高校野球部前監督の渡辺元智氏(72)。柔道界と高校野球界のレジェンドが、現役時代の思い出やスポーツの魅力、東京五輪への意気込みなどを熱く語り合った。

 渡辺 6月以降、全日本柔道連盟会長とJOC選手強化本部長という大役を任されました。

 山下 今の私にとってはどちらも極めて重要で、ここはどんなに忙しかろうと体調を万全に整えて腹をくくってやるしかない、と話が来た時点で覚悟を決めていました。

 日本の柔道界、スポーツ界を発展させていくために、いかに多くの関係者、あるいはそれ以外の人たちの力をどう結集していくか。一番大事にしなければいけないのは現場なので、子どもや選手を熱心に指導している方々がやりやすいようにしたい。2020年東京五輪・パラリンピックは極めて大事。私の中では、これが終わったら燃えかすになるくらいに(笑い)、燃えて、周りのいろんな人の心に火をつけていきたい。

 渡辺 山下副学長はこれだけの素晴らしい実績を上げながら全然おごらない。後輩たちもそばにいると安心するのでしょう。意外だったのですが、高校時代には結構負けていますね。

 山下 高校2年からナショナルチームに入ったのです。だから2、3年のときに15敗ぐらいしていますが、相手はほとんど私よりも8歳とか10歳上の人。同級生には一度も負けていません。負けから学ぶというのは非常に大事。もう一つ言うと、勝ったときにも一つ転んでいれば命取りになったようなケースがある。そういうときは反省しなければいけません。

 山下 運動をやっていない子どもたちは基礎的な体力もないが、気持ちの部分でもちょっとしたことですぐに切れる。失敗すると落ち込んで、なかなか立ち上がれない。スポーツをやると体が丈夫になる上、挫折することが多いですから多少の失敗では折れなくなるし、みんなで力を合わせるからルールを守る。一生懸命夢を持って頑張るのもスポーツですが、遊びでも仲間と力を合わせないと成果が上がらないし、戦う相手に対する尊敬の気持ちを持てば、それだけで社会はすごく元気になる気がします。

 渡辺 山下副学長は民間人として初めて神奈川県体育協会の会長を務め、いじめ撲滅に力を入れました。

 山下 本音で言うと、子どもの頃は私自身が身体的な苦痛を相手に与えていた側の人間でした。それが柔道と出合って変わった。われわれスポーツ関係者が最も大事にしているのはフェアプレーの精神ですが、いじめはその精神に一番反する行為。会長になっていじめ防止の緊急集会を開いたり、トップアスリートを起用してポスターを作ったりしました。

 渡辺 指導する側も心身共にタフでないと務まりません。教育は生き物。常に流動的でマニュアル通りにはいかない。教える側が教える前にリタイアしてしまっては本当の教育ができません。

 山下 知識ばかりでは駄目。教員になるには心の部分が一番大事だと思う。子どもたちのことを真剣に考えて向き合い、失敗しながらでも必死になって勉強していく姿勢が大事です。

 渡辺 問題のある子どもも根っから悪くはない。急所をつかんでしまうと「この人に付いていこう」と、負のエネルギーを昇華させると逆にすごいパワーが出てくる。

 山下 そういう連中ほどへこたれないし、ここ一番のときに腹をくくって結構頑張る。生き生きとします(笑い)。渡辺先生が監督の頃も、プロで活躍していなくても渡辺先生と出会って人生が変わって、社会で頑張っているケースはかなりあるでしょう。自分の好きなスポーツで、自分の本当に信頼できる先生だと思ったら教えがそのままスッと入る。

 渡辺 私たちは愛情とかいう言葉を安易に使うが、愛情ってどうやって生まれてくるのか。その辺のコミュニケーションを図る手法が問われていると思います。

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