サッカー少年を子に持つ親から気になる話を聞いた。Ｊリーグ１部（Ｊ１）ヴィッセル神戸のＵ－１２（１２歳以下）チームの選考会でのこと。元スペイン代表のアンドレス・イニエスタ選手を育てた名伯楽、アルベルト・ベナイジェス氏がこう言ったそうだ。「こんな選び方では、新たなイニエスタは生まれない」。名門バルセロナ流の育成システムを構築するため昨夏、神戸にやって来た。さて、その発言の真意は－。（小川康介）

　－「新たなイニエスタは生まれない」と言ったそうですね。

　「その日は５０メートル走のテストがありました。フィジカル（身体能力）が優れていればサッカーをする上で大きな影響があると思います。でも、それだけを見ていては本当に将来性のある選手は獲得できません。もちろんスピードは必要です。いろいろな考え方もあるでしょうが、この年代においてはテクニックや判断力、そして人間性が重要です。もちろん発言は本気ではなく、冗談ですよ」

　－イニエスタ選手に誘われて神戸に来たと聞きました。

　「そうです。ここに来る前はドミニカ共和国のシバオというクラブで指導していました。本人から『日本でプロジェクトをやりたい。自分は選手としてプレーするけど、アカデミー、育成年代の部分をお願いできませんか』と連絡がありました」

　－イニエスタ選手とはいつごろ出会ったのですか。

　「初めて会ったのは１９９６年で、彼が１２歳の時。今より少し身長が低く、あまりフィジカル面で優れているとは言えない印象でしたが、テクニックがあり、賢さが目を引きました。パス、ドリブル、ディフェンス…、プレーの選択を状況に応じて素早く、しっかり判断できていました。ぜひバルセロナに来てくれと誘いました。加えて努力を惜しまないとか、気持ちが折れないとか、そういう精神面も彼の成長に欠かせなかった。神戸でもそのような要素を見ることは大切だと思っています」

　－バルセロナでは、人間性に問題がある選手は上のレベルのチームに引き上げないのですか。

　「賢い選手は日常生活においても優れていて、勉強もしっかりします。態度が悪く、練習に真面目に取り組まない人は最終的にトップチームに上がる能力がないと考えられます。バロテリ（悪童と呼ばれる元イタリア代表）が昔、バルセロナのセレクションに来たことがありました。上手だったのですが、人間性がちょっと…ということで、選びませんでした」

　－日本サッカーにどんな印象を持っていますか。

　「Ｊリーグは他のリーグと違ってスピード感があり、攻守の切り替えが速いですね。全チームのやり方を把握してはいませんが、ヴィッセルは組織化されたサッカーができていると思います。また、日本人は積極的に練習に取り組むし、聞く耳を持ってくれます」

　－イニエスタ選手が、日本のサッカーには「間」がないという話をしていました。

　「まさにその通りです。日本人のプレーは急ぐ傾向がある。一呼吸置いて、ゆっくりボールを回していく『間』がないと感じます。サッカーの教科書に『間を取りましょう』という具体的な定義はありません。とはいえ、スペイン、アルゼンチン、ブラジルのサッカーを見ていても『間』は存在します。もちろん、それが本当に正しいとは限りません。必要かどうかは、目指すサッカーの特徴によって変わってきます」

　－神戸からイニエスタ選手やメッシ選手のようなスターが生まれることを期待しています。

　「メッシのような本当に才能に恵まれた選手を見つけることは難しい。ただ、私たちが神戸でバルサのようなプレーモデルを構築し、育成組織に導入していくことによって、優れた選手を育てることはできます。しっかりボールを保持しながら、幅や深さといったグラウンドを大きく使うバルサのようなスタイルを、育成年代から身に付けることによって、イニエスタのような選手が出てくる可能性はあるでしょう」

【Ａｌｂｅｒｔ　Ｂｅｎａｉｇｅｓ】　１９５５年メキシコ市生まれ。体育教師とサッカークラブの指導者の両立を経て、２００５年、バルセロナでの選手育成に専念。統括責任者などを務めた。６４歳。

■記者のひとこと

　アラブ首長国連邦（ＵＡＥ）のクラブでは、元アルゼンチン代表のマラドーナ氏と共に指導に携わったという。「いろいろ批判も受けるけど、気取らずフレンドリーで人間性は素晴らしい」と素顔を明かした。