「新国立」建設で立ち退き、暮らし壊された「五輪だから、何でも通るのか」

国立競技場前でオリンピック反対を訴える「反五輪の会」のメンバーら(2019年12月21日、東京都内)

 「私たちは忘れない。暮らしを壊された人たちがいることを」
 国立競技場のオープニングイベントがあった昨年12月21日夕。競技場前の路上で、市民団体「反五輪の会」メンバーで芸術家のいちむらみさこ(48)が、声をからした。五輪の問題点などを記したちらしを競技場に向かう列に差し出すが、受け取る人は少ない。

 国立競技場を含む一帯は再開発が進み、明治公園にいたホームレスは居場所を失った。都営団地は建設資材の置き場所などのために取り壊され、約230世帯が立ち退きを余儀なくされた。住民同士で支え合って暮らしてきた高齢者にとっては死活問題で、いちむらは「五輪だから、と何でもまかり通るのか」と疑問を拭えない。
 絶大な発信力を誇る世界最大のスポーツの祭典は少数意見を排除し、偏った全体主義に陥る危険性をはらむ。翻弄(ほんろう)されるのは選手たちも同じだ。

■結論ありきの変更

 合意なき決定-。猛暑対策を理由に突如、浮上した東京五輪のマラソンと競歩の開催地変更は、国際オリンピック委員会(IOC)の強権で札幌での開催が決まった。「議論しようと言っていない」。昨年11月のIOCと東京都、大会組織委員会、政府の4者協議でコーツIOC調整委員長が発した結論ありきの一言が、全てを象徴していた。
 選手の汗や体の奥の「深部体温」のデータを収集するなど、暑さ対策に力を注いだ日本陸上競技連盟の不満は爆発。河野匡・長距離・マラソン・ディレクターは「誰も望んでいない移転。五輪は誰のためにあるのか。死ぬまでこのことは記憶している」とまで言い切った。
 選手には戸惑いもあるが、努めて冷静さを貫く。昨秋の世界選手権男子20キロ競歩を制して五輪出場を決めた京都大出身の山西利和(23)は「選手がやることは大きく変わらない。与えられた舞台で最大のパフォーマンスをする。暑さ対策などは対策でしかなく、勝負の本質ではない」と語る。

■取り繕いの「つけ」

 競泳を巡っては、選手の体が動きやすい午後の決勝が合理的とされる中、午前決勝で決着がついた。米国との時差を考慮した設定で、IOCに巨額の放映権料を支払う米テレビ局の都合が透けて見える。組織委が示す国の負担額1500億円に対し、会計検査院は1兆円を超えると指摘し、全体像は不透明だ。
 米の人気プロスポーツシーズンと重ならないよう真夏の開催を打ち出したIOCに応じ、東京の招致委員会は立候補ファイルに「この時期は晴れることが多く、かつ温暖であるためアスリートが最高の状態でパフォーマンスを発揮できる理想的な気候」と記した。右往左往したマラソンと競歩の開催地変更は、招致レースで取り繕った「つけ」が回ってきた、とも言える。
 「祝賀ムードや大きなスケールであおっていろんな声を封じ込めている。そんな国家イベントであるオリンピックって何ですか」。いちむらの問いかけは重い。=敬称略

<シリーズ:ゆらめく聖火 東京五輪の風>

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