年収1000万円。

高いハードルだが、共働きが当たり前となった今、「世帯収入なら夢ではない」という人は少なくないかもしれない。

ただし同じ「世帯年収1000万円」でも、夫婦それぞれの収入額の違いによって税や社会保険料の負担は大きく異なる。意外と知られていない実態は…。

夫婦それぞれの収入を100万円刻みで試算

図表
【図表】特定社会保険労務士・岡佳伸さんの試算による。(1)東京都在住(2)夫婦とも年齢は40歳未満(3)「年収200万円」以上の夫・妻はすべて厚生年金と協会けんぽに加入(4)子どもはなし、または全員16歳未満——といった仮定を置いた。試算に大きな影響を与えない一部の要素は省略している。

勤め人の「年収1000万円世帯」が負担する社会保険料(国民・厚生年金、医療保険、雇用保険)と、国に納める所得税、自治体に納める住民税について、特定社会保険労務士で1級ファイナンシャル・プランニング技能士の資格も持つ岡佳伸さんが試算した。

「東京都内に住む20~30代の夫婦。子どもはいない、または全員16歳未満」といった設定で、「年収1000万円の夫(妻)と収入ゼロの妻(夫)」から「2人の収入が500万円ずつ」まで、夫婦それぞれの収入額を100万円刻みで変えたA〜Fの6パターンについて試算した結果をまとめたのが上の【図表】だ。

ポイント1. 片働き世帯の負担が最も重い

海外旅行
年収1000万円世帯の最終的な手取り額は、最も少ない「年収1000万円の夫(妻)の片働き」と、最も多い「500万円ずつの共働き」の間で50万円以上も違う。夏休みに夫婦でそれなりに豪勢なヨーロッパ旅行に行けるくらいの差がつく。
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「専業主婦(夫)は税制上、優遇されていると批判されることも多いですよね。でも実際には、税と社会保険料の負担率は専業主婦(夫)がいる世帯が最も重くなります」(岡さん)

【図表】を見ると、世帯の総収入から社会保険料や税金を差し引いた「最終手取り額」は、最も少ない世帯A(年収1000万円の夫〈妻〉の片働き)と最も多い世帯B(500万円ずつの共働き)の間で50万円以上も違う。

これは所得税が「たくさん稼ぐほど税率が高くなっていく」累進課税と呼ばれる仕組みをとっていることが大きい。

同じ「年収1000万円」でも、1人だけで稼ぐより2人で稼ぐ方が、しかも2人が同じくらいの収入を得る方が、低めの所得税率が適用されるため税負担が少なくなるというわけだ。

「専業主婦(夫)はぜいたく」と言われることもあるが、税金と社会保険料の負担という観点だけから考えれば、それが事実であることは数字からはっきり分かる。

ポイント2. 「扶養」の境界線上では逆転現象も

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「夫(妻)の年収900万円+妻(夫)100万円」の世帯より、「800万円+200万円」の世帯の方が、10万円ほど最終的な手取り額が少ない。比較的エコノミーなグアム旅行に夫婦で行けるくらいの、決して小さくはない差だ。
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とはいえ、最終手取り額の多さは、世帯Eから世帯Aまできちんと順番通りというわけでもない。

「夫(妻)の年収900万円、妻(夫)100万円」の世帯Bより、「夫(妻)800万円、妻(夫)200万円」の世帯Cの方が、10万円ほど最終手取り額が少ない「逆転現象」が起きている。決して小さくはない差だ。

その大きな要因は2つある。

まず、所得税と住民税の配偶者控除・配偶者特別控除だ。

所得税の場合、夫(妻)の給与年収が1220万円以下で、妻(夫)の給与年収が150万円以下の場合、夫(妻)の課税所得(収入のうち税金がかかる部分)から最大38万円を差し引ける(=控除できる)。

これによって家族の主な稼ぎ手が納める所得税・住民税額が減る。

主な稼ぎ手の配偶者の給与年収が150万を超えると、控除額は段階的に減り、201万6000円でゼロになる。以前は「103万円の壁」と言われていた制度だが、今はこんな内容だ。

もう一つの要因は、社会保険料だ。働き方などにもよるが、基本的に社員501人以上の企業に勤める人なら給与年収が106万円、500人以下の企業に勤める人は130万円をそれぞれ超えると、主な稼ぎ手に「養われている(=扶養されている)状態」から外れ、自分自身の収入の中から社会保険料を負担する必要が出てくる。

「逆転現象」が起きるのは、世帯B・Cで夫婦のうち稼ぎが少ない方の給与年収が、上記の2つの「境界線」にかかるかどうか、という水準であるためだ。

「収入を増やしたら損」というケースは限られる

スーパー
所得税などの配偶者控除については、主にパート主婦がこの範囲内に収入を抑えようとするケースが目立ち、「女性の働く意欲をそいでいる」といった批判も受けて制度改正が進んできた。(写真はイメージです)
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ただ、ある一つの世帯で考えれば、年収100万円の妻(夫)が200万円まで収入を増やした場合、その夫(妻)の収入がその分減ったりすることはなく(世帯年収は1100万円になる)、「必ず損をする」ことには全くならない。

配偶者控除については、主にパート主婦がこの範囲内に収入を抑えようとするケースが目立ち、深刻な人手不足のなかで「女性の働く意欲をそいでいる」といった批判も受け、制度改正が進められてきた。

今の仕組みでは、給与年収を150万円を超えて増やしていくと、その配偶者が受けられる控除額は段階的に減るが、世帯の最終的な手取りが減ることはない。

時代に合わなくなった「主婦優遇」の発想は根強く残るが、とにかく「収入が増えれば手取りも増える」原則は成り立っている。

一方、社会保険料の負担額は加入する制度などによって異なるが、給与収入が増えたことに伴う負担増が、収入の増加分を上回って「赤字」となるケースも一部では生じる。

目先の「最終手取り額」だけを考えれば「パートの働き手はがんばって収入を増やさない方がトク」な場合も、ごく限られた給与収入の水準の範囲内ではあり得る。

その半面、例えば収入が増えて厚生年金に入ることになれば、保険料の負担は新たに生じるが、将来受け取れる年金額が増えるといったメリットもある。

「年末に勤務シフトを調整して収入を扶養の範囲に抑える」といったライフハックの意義は薄れている。

人生100年時代、「ずっと共働き」ならリスクは分散

共働き
2人とも稼げるだけ稼ぐ。1人がフルに働けない(働かない)時期は、もう1人の収入でしのぐ。先が読めない時代、そのようにリスクを分散できるパートナーシップが「最強」ということだろうか?
撮影:今村拓馬

「人生100年」と言われ、深刻な少子高齢化で公的年金制度の先行きも不安視される。誰もが「より長く働く時代」になるのは間違いない。

今の勤め先が数十年も先まであるかどうか誰にも分からない。

子育てや介護のために仕事のペースを落としたり、キャリアチェンジに向けた学び直しに専念したかったりする時期もあるだろう。

2人とも稼げるだけ稼ぐ。1人がフルに働けない(働かない)時期は、もう1人の収入でしのぐ——。

夫婦のかたちはそれぞれ違って当然だが、「年収1000万円の片働きより、500万円ずつの共働きがトク」という今回の試算結果を見ても、そんなパートナーシップが(お金のことだけを考えるなら)「最強」と言えるかもしれない。


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Image: Getty Images, Shutterstock.com

BUSINESS INSIDER JAPANより転載(2019.07.26)