洪水を阻止せよ。暴れ川の氾濫防いだ日産スタジアム異次元の備え

2019.11.29
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甚大な被害をもたらした台風19号をはじめ、幾度も大型の台風に襲われた2019年の日本列島。もはやこれまでの「防災の常識」を見直すことなしには、身の安全を確保することは困難とも思われます。そんな中注目されたのは、ラグビーワールドカップの試合会場ともなった日産スタジアム。今回、フリー・エディター&ライターでジャーナリストとして活躍中の長浜淳之介さんは、各地の台風被害について改めて振り返るとともに、流域内人口密度日本1位の鶴見川の大規模な氾濫を防いだ、日産スタジアムとその周辺の治水対策を紹介しています。

プロフィール:長浜淳之介(ながはま・じゅんのすけ)
兵庫県出身。同志社大学法学部卒業。業界紙記者、ビジネス雑誌編集者を経て、角川春樹事務所編集者より1997年にフリーとなる。ビジネス、IT、飲食、流通、歴史、街歩き、サブカルなど多彩な方面で、執筆、編集を行っている。共著に『図解ICタグビジネスのすべて』(日本能率協会マネジメントセンター)、『バカ売れ法則大全』(SBクリエイティブ、行列研究所名儀)など。

暴れ川の氾濫を防いだ「異次元の備え」

今年の台風19号は大型で強い勢力を保って、10月12日に静岡県に上陸し、気象庁の発表によれば10日から13日の総雨量が神奈川県箱根町で1,000ミリに達するなど、記録的な豪雨を特徴とした。関東を横断するように北上、三陸沖に抜けたが、北側に非常に発達した雨雲を有し、12時間に降った雨量では、全国約1,300地点中120地点で観測史上1位に達した。

東日本を中心に広範囲で河川の決壊、越水が相次ぎ、土砂や浸水による災害が各地で発生。国土交通省の発表によれば、堤防決壊は千曲川、阿武隈川、那珂川など20水系71河川、140箇所土砂災害発生は962件に達している。

このような状況を受けて、各地の被災状況を幾つかヒアリングしたが、歴史的に氾濫を繰り返し暴れ川として知られた神奈川県の鶴見川では、台風通過の翌13日にラグビーワールドカップが開かれた「日産スタジアム横浜国際総合競技場)」(横浜市港北区)の建つ新横浜公園が一時的に川の増水分をプールする遊水地となっており、河畔が被災を逃れた面がある。

一方で、「元々、東信地区は雨が少ない。考えもしない雨量の水が千曲川に注いだ」(長野県東御市役所)、「阿武隈川は平成の大改修を行っていた。大改修と言うからには、それなりの規模の対策だったはずだ」(福島県郡山市役所)など、全く想定もしていなかった雨量で河川が増水したとの見解が多く聞かれた。

「被災した長沼地区は歴史的にも千曲川が氾濫を繰り返してきた場所だから」(長野県庁、長野市役所)と、地形上対策が打ちにくい場所で、またも甚大な災害に見舞われた箇所もあった。

死者数は報道機関によって集計が異なるが、NHKの11月14日の報道によれば、死者93人、行方不明3人となっており、都道府県別の死者数では福島県31人、宮城県19人の順に多く、結局東北地方の被害が最も大きいと見られる。

9月9日に上陸した台風15号も関東に上陸した台風では最強クラスで、千葉県、神奈川県、東京都伊豆七島などで甚大な被害が出た。昨年の台風7号がもたらした西日本豪雨も多くの地点で観測史上1位の雨量を記録している。台風19号から見えてきたものは、強烈な台風がこうも連続で襲来すると、以前とは違った規模で毎年のように台風が上陸するのが当たり前の気候に変わってきており、異次元の対策を取らないと災害を防げないということだ。

10月13日、日産スタジアムで開催された、ラグビーワールドカップ2019のプールA、日本代表対スコットランド代表の試合は、28対21で日本代表の歴史的勝利となり、初の決勝トーナメント進出を決めた。両チームの奮戦ぶりは大きな感動を生んだが、もちろん前日の暴風雨により試合が開催されるのかも危ぶまれるほどだった。当日も首都圏の鉄道は不通の区間が多く、遅延が各所で起こっている状況で、よくぞ開催ができたというのが正直な感想だ。

日産スタジアムでは、サッカーよりも選手たちの当たりが強いラグビーにも耐えられるように、芝生を天然芝から耐久性を高めた、人工芝のシートに天然芝を植え付けたカーペット式ハイブリッド芝へと、昨年張り替え工事を行っている。この工事によって、芝の水はけも向上した。こうした芝の改修で大雨の後でも、速やかに整備して試合ができるように、日産スタジアムはアップデートされていたのだ。

日産スタジアムのある新横浜公園は、新横浜駅と小机駅からそれぞれ徒歩10分ほどの場所にあるが、国の鶴見川の遊水地を横浜市が契約して整備したものである。鶴見川は東京都町田市内に源流を有し、横浜市鶴見区で東京湾に注ぐが、蛇行が強く洪水を繰り返す川として恐れられてきた。都市化の進展により、流域内人口密度が国内109水系中1位となっており、水害が起これば甚大な被害が起こるのが明白なので、1980年代から全国に先駆けて総合治水対策に取り組んだ

新横浜公園内の池(左)、鶴見川(右)

新横浜公園内の池(左)、鶴見川(右)

その一環である新横浜公園には、日産スタジアムの他、野球場、テニスコート、スケボー広場、草地広場などが整備されており、横浜市民がスポーツやキャンプを楽しむ憩いの場になっている。

新横浜公園。スケボー広場と草地広場

新横浜公園。スケボー広場と草地広場

しかしそれは平常時の顔で、いったん大雨が降って川が増水すると越流堤から水が流れ込んで貯水池となる仕組みになっている。

新横浜公園。遊水地でもあると明記されている

新横浜公園。遊水地でもあると明記されている

日産スタジアムも、高床式になっており、普段は駐車場などとなっている地下の部分が貯水池に変わる。溜まった水は鶴見川に排水する仕組みになっており、国土交通省京浜河川事務所によって管理されている。

日産スタジアム地下は水害を防ぐ遊水地

日産スタジアム地下は水害を防ぐ遊水地

なお、過去最大の水位は2014年10月6日に首都圏を直撃した、台風18号がもたらした大雨による5.90m。計画高水位は8.57mなので、まだまだ余裕がある。今回の水位は0.86mであった。普段は堤防のはるか下を慎ましい水量で流れる鶴見川であるが、大げさなくらいの備えをしなければ安心できないのだ。こうした異次元の備えが全国の河川に必要になっているのではないかと痛感する。

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