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世界で最も恐ろしい生物とは?

谷口恭・谷口医院院長

「世界一恐ろしい生物=蚊」の実態を知る【1】

 マイクロソフトの創業者ビル・ゲイツ氏は「gatesnotes」という自身のブログを持っています。2014年4月25日、そのブログで「世界で最も恐ろしい生物」というタイトルでランキングを発表しています。

 「最も恐ろしい」というのは、何を恐ろしいとするか、その定義により異なります。ゲイツ氏は「その生物が年間何人の人間を殺しているか」を基準にしています。今週から合計7週間にわたり、このランキングの1位の生物、つまり「世界一恐ろしい生物」についてお伝えしていきます。しかしその前に、せっかくですから2位から4位も紹介したいと思います。

ビル・ゲイツ氏=内藤絵美撮影
ビル・ゲイツ氏=内藤絵美撮影

あのかわいい動物もランクイン

 世界で最も恐ろしい生物、と聞いてどのようなものが頭に浮かぶでしょう。まず思いつくのは、ライオン、大蛇、サソリ、毒グモ、あたりでしょうか。ちなみにゲイツ氏はこのブログで、自分自身は映画「ジョーズ」を見てサメが最も恐怖を抱く生物となったと述べています。

 ではランキングを発表していきましょう。世界で最も恐ろしい生物第4位は「イヌ」です。イヌは「恐ろしい」ではなく「かわいい」と感じる人も多いでしょう。実際、なぜイヌが世界4位なのかは、日本だけを見ているとわかりません。

 イヌが世界で4番目に多くの人を殺しているのは、人間をかみ殺しているのではなくかんだときにある病原体が人の体内に侵入するからです。その病原体とは、第3回で少し紹介した「狂犬病ウイルス」です。第3回では、狂犬病がない国というのは世界的に極めて珍しく小さな島国などを除けば日本とイギリスくらいしかない、ということを述べました。

 つまり、見方をかえると、日本とイギリス以外でイヌにかまれたときは、出血や犬の口腔(こうくう)内に生息していた細菌による感染症のみならず、狂犬病の心配をしなければならないというわけです。狂犬病は発症すると100%死に至る病であり、ゲイツ氏のブログによれば、世界で4番目に大勢の人を殺していてその数は年間2万5000人です(狂犬病についてはここでは本題ではないのでこれ以上の言及はやめ、いずれ改めて取り上げたいと思います)。

第2位は「われわれ」

 世界で最も恐ろしい生物第3位は「ヘビ」です。ヘビは日本でもマムシにかまれると死に至ることがありますし、奄美諸島や沖縄にはハブもいます。これらの亜熱帯地域ではウミヘビにも注意が必要でダイバーが被害に遭うこともときどきあります。日本ではヘビにかまれて死亡するのは年間数人からせいぜい数十人程度ですが、ゲイツ氏のブログによれば世界では年間5万人もの人が死亡しています。

 世界で最も恐ろしい生物第2位は「ヒト」です。ゲイツ氏のこのブログが公開されたとき、私は何人かの知人に「世界一恐ろしい生物は?」と質問してみました。そのときに最も多かった答えがこの「ヒト」です。シニカルな人ほどこの答えを好むような印象があります。たしかに人が人を殺すテロや地域紛争は今も続いています。ゲイツ氏によれば年間47万5000人もの人が「ヒト」に殺されています。イヌ(狂犬病)やヘビとは桁が違います。

ダントツ1位は…

蚊の駆除作業
蚊の駆除作業

 さて、では2位のヒトを差し置いて堂々と1位となった生物は何なのでしょう。それは「蚊」です。世界中で蚊に殺されている人間は年間なんと75万人。2位に大きく差をつけてダントツです。

 ゲイツ氏のこのブログは「世界で最も恐ろしい生物」というこのタイトルによって世間の関心を引こうとしています。この理由は、このランキングを覚えてほしいということではなく、蚊対策をしなければならない、ということを世界に訴えたいからに他なりません。実は、ゲイツ氏が夫人とともに設立した慈善団体、ビル&メリンダ・ゲイツ財団は「世界エイズ・結核・マラリア対策基金」に多大な寄付をおこなっています。これら三つの感染症、つまり、エイズ(HIV)、結核、マラリアが世界3大感染症です。そしてマラリアは世界では年間3億人近くが感染し60万人以上が死亡している世界第3位の感染症なのです。(ちなみに現在最も死亡者数が多い感染症は結核で、2位がエイズです)

 ゲイツ氏がマラリア対策の重要性を訴えたいがゆえにブログを書いたように、実は私も蚊対策の重要性をここで主張したいがためにこのゲイツ氏のランキングを拝借しました。「死に至る病」で蚊由来の感染症はマラリアだけではありません。またマラリアは現在の日本にはありませんが、かつての日本には存在し猛威を振るっていた感染症であり、これから日本で流行する可能性もなくはありません。

 次回は「世界一恐ろしい生物=蚊」がきたす感染症のなかで最もやっかいなそのマラリアに関して、日本近代史の話をしていきます。

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谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。