Appleは3月18日、iPad Proを刷新した。今回の刷新はMacBook Air、Mac miniと同時で、iPad Proも含めて2018年10月に発表されたモデルを同時にアップデートしたことになる。iPad Proは今回、2つの方向性での進化を得たと見てよいだろう。

  • 3月25日に販売を開始する新しいiPad Pro。先代モデルの登場から1年半ほどしか経っていないが、時代の流れに合わせた大きな進化を見せた

1つは、Surfaceシリーズ、Chromebookに対抗するビジネス向けマシンとしての側面だ。Magic Keyboardは、1mmのストロークを持つシザーキーボードとトラックパッドを組み合わせた構造に一新し、これまでのiPadにはなかった快適なタイピングと素早い操作環境を提供してくれる。これに伴い、iPadOS 13ではすべてのiPadでトラックパッドのサポートが実施される。

もう1つの側面は、AR編集の標準的なツールとしてのポジションだ。iPad Proには、新たに超広角カメラに加えてLiDAR(Light Detection and Ranging)スキャナを搭載し、5mまでの物体の距離を正確に計測できるようにした。これにより、ARコンテンツ消費の手前に来るARコンテンツ制作ツールとして、新iPad Proが今後標準的なポジションを取っていくことが予想できる。

新構造のキーボードとトラックパッドで生産性を向上

今回、iPad Proでビジネスシーンを支える新しいトピックは、1mmのキーストロークとトラックパッドを備えた新しいアクセサリ、Magic Keyboardの登場だ。

これまで、iPad Proにはファブリックに包まれたケース一体型のSmart Keyboard Folioが用意されていた。2018年モデルでは、背面を覆う形でiPad Proと磁石で固定し、2段階の角度で立てられるようになっている。ただ、ストロークが浅いキーでかつ表面がファブリックなので、打鍵感は得られなかった。

  • これまでのiPad Proで採用されていたSmart Keyboard Folio。キーボード後方の凹みにiPad Proのエッジを引っかけて、角度をつけた状態でiPad Proを固定する仕組みだった

  • キーボードは表面がファブリックで覆われているうえにストロークが浅く、明快な打鍵感は得づらい

5月に発売する新しいアクセサリでは、MacBook Airや16インチMacBook Proに採用されたMagic Keyboardを備え、プラスティックのキートップと1mmのストロークを確保した。当然ながら入力しやすさは格段に向上し、より「普通のコンピュータ」を使っている感覚でタイピングできるだろう。

  • 新たに登場したMagic Keyboard。シザー式のフルサイズキーボードは1mmのキーストロークを備え、打鍵感は多くのノートPCと同等かそれ以上になった

もう一つユニークなのは、そのデザインだ。単刀直入に言えば、iMacのような立ち姿とメカニズムを実現していることだ。iPad Pro向けのMagic Keyboardは、iPad Pro本体をマグネットで固定し、宙に浮かせた状態になる。そのうえで、角度を自由に調節できる仕組みだ。

  • Magic KeyboardにiPad Proを装着すると、iPadが浮かぶ仕組みになっている。ヒンジ部分は剛性を高めており、重量のあるiPad Proをしっかりホールドしながら角度を自由に調節できる

横から見ると、iMacとキーボードを並べたような姿となり、ディスプレイの角度が変えられる点もそっくりだった。5月まで試すことはできないが、装着している状態でもApple Pencilで描画できるのか、その際に角度が変わったりしないのかなどを検証してみたいと思う。

加えて、トラックパッドの搭載だ。これに伴い、iPadOS 13.4ではカーソルがサポートされた。とはいっても、PCやMacのように常に矢印のポインタを操作するのではない。普段は黒い丸で表現され、ポイントする場所や文脈に応じてポインタの形状が変化する仕組みとなった。例えば、ボタンの上ではボタン全体を四角くターゲットするなど、状況に合わせて有機的に変化する。

キーボードとトラックパッドによって生産性を高めることで、iPad Proが誇る、WindowsやChromebookよりも圧倒的に多いアプリを、ビジネスに生かす橋渡しを試みようとしている。

なお、Magic Keyboardは、2018年に登場したiPad Proにも対応する。

ARコンテンツ制作の標準機になり得る

AppleはARに力を入れており、エンターテインメントや教育などARと相性がよいとされる分野以外にも、あらゆるアプリでAR活用を推奨している。ARKitは第3世代まで進化しており、1つの空間に共同で参加したり、空間の保存をしたり、人などとの重なりを表現するといった機能を実現してきた。

しかしながら、依然としてARアプリが増えていかない理由は、制作環境が不十分だからだった。そこでAppleはAdobeと組んで、AR空間の設計やオブジェクトのデザインを支えるクリエイティブアプリ「Adobe Aero」を用意した。Photoshopで描いたオブジェクトを空間に配置して保存する簡単なAR制作が、iPadのみで実現できるようになった。

その環境をより推し進めるのが、今回のiPad Proに搭載されたLiDARスキャナだ。おそらくiPad Proでは、カメラシステムとともに正確な測距を行い、被写体までの距離を詳しく把握できる仕組みであると推測できる。

  • 2つのカメラと並ぶように追加されたLiDARスキャナ。松村氏は、カメラと連動して測距し、精度を高める仕組みになっていると分析する

Face IDを実現するTrueDepthカメラは、赤外線のドットを照射して顔の凹凸、つまり深度データを探る手法で正確な顔認証を実現している。しかし、LiDARは5m先まで測れるため、より離れた空間にある物体の距離を計測できる。これは、TrueDepthカメラでは実現できなかったことだ。

  • 5mまでの距離にある人などの物体をLiDARスキャナでキャプチャできる

コンテンツ消費の際、例えばARオブジェクトを正確に部屋に配置するといった用途でも、LiDARスキャナは有効だ。しかしそれ以上に、ARオーサリング、つまりARコンテンツを作成する際、LiDARスキャナ付きのタブレットは、体験しながら細かい調整ができるようになる。

問題は、これまで、そしておそらく当面これからも、iPad Pro以上にARコンテンツ制作に有効なデバイスが登場しそうにないことだ。カメラとスキャナを備えるプログラマブルな汎用デバイスが、今回登場したiPad Pro以外には存在していない。そのため、iPad Proは、唯一無二の存在価値を獲得したことになる。

MacBook Airを超える存在となったiPad Pro

iPad Proと同時に登場したMacBook AirもMagic Keyboardを新たに備えた。MacBook Airは、13インチディスプレイと1.1GHzデュアルコアIntel Core i3、256GB SSDを備えたベースモデルが999ドル(日本では税別10万4800円)から、iPad Pro 11インチは128GBストレージで799ドル(同、税別8万4800円)から、iPad Pro 12.9インチは128GBストレージで999ドル(同、税別10万4800円)からとなっている。

  • iPad Proと同時に発表された新しいMacBook Air。キーボードをMagic Keyboardに変更するなどの改良を加えつつ、戦略的な価格設定とした

使いやすいキーボードを備えるサブマシンとして選ぶ際、MacBook Airは999ドルで済むが、iPad Proは11インチの場合299ドル(同、税別3万1800円)、12.9インチの場合349ドル(同、税別3万7800円)のMagic Keyboardを追加しなければならない。MacBook Airの最低容量である256GBに合わせると、キーボードを含めた金額は11インチiPad Proで1198ドル(同、税別12万7600円)、12.9インチでは1448ドル(同、税別15万3600円)にもなる。

つまり、iPad Proのほうが、MacBook Airより高い価格になる。

そのように値段は張るものの、iPad Proは斬新なスタイリングでMagic Keyboardに固定され、ディスプレイの品質は高く、4K動画を手軽に編集できる。さらに、トラックパッドだけでなくApple Pencilやマルチタッチでの操作も可能で、カメラも充実しているなど、処理性能だけでなく作業効率もMacBook Airより上になるはずだ。

AppleがiPadを新しいコンピュータと位置づけている理由がよく分かるし、タブレットが同じレベルのノートパソコンを、たとえ同じApple製品であっても打ち負かしている姿が伝わってくる。